この休みの間ずっとそうしてきたように二組の布団を並べて、そしてもうとっくに当たり前になったおやすみなさいの挨拶を交わす。空にゆっくりと太陽が昇り、次に目を覚ますと綺麗な赤髪が見えて、今度はおはようございますの挨拶をする。いつもならそうだった。…今日もそうなるはずだったのに。

「…左之さん?」

何か良くない予感がして、珍しく夜明け前に目が覚めた。まだ薄暗い室内で隣を見やると、布団は綺麗に畳まれている。ちょっとトイレ、というわけではなさそうだ。



悪い予感というのはよく当たるものらしい。懸命に自分を落ち着かせながら左之さんの姿を探したが、家のどこにもいなかった。見つけたのは、テーブルの上の紙一枚のみ。

「………笑え、か」

書き置きには下手くそな字で一言だけ書かれていた。名前はなかったが、こんなものを書くのは思いつく限りひとりしかいない。何でも率なくこなすと思っていた左之さんのらしくない弱点に、思わず声をあげて笑った。

「あは、は…、っ」

喉が震える。それはだんだんと身体中に広がっていって、わたしはその場に立ち尽くしたまま笑いながら泣いた。



薄暗かった部屋が少しずつ明るくなる。泣き疲れたわたしは椅子に腰掛けてただ窓の外を眺めていた。

「……左之さん、」

元の時代にちゃんと帰れただろうか。また違う時代に飛ばされてはいないだろうか。今よりもっと未来に辿り着いて、変態扱いされていないといい。

「上半身がさらしとちっちゃい羽織りだけって、有り得ないよね」

服もみんな持って行っちゃって、わたしに左之さんの温もりをひとつも残していかないつもりなの?でも雨降りの日にボストンバッグを抱えて行ったコインランドリーも、二人で一緒にいった公園も、変わらずそこにある。

「手紙まで残しておいて、中途半端なんて酷いよ」

わたしの胸から左之さんは消えてくれそうにない。とっくに心に住み着いてしまって、もう離れないのだから。この手紙はきっと左之さんの優しさ、最後の贈り物。左之さんがわたしに笑えと言うから、わたしも左之さんに贈り物のお返しをしよう、ずっと笑っていよう。



もうすぐ朝がくる。いつもと同じ、左之さんがいないだけの今まで通りの朝。自分だけのために朝ご飯を作り、会話をする相手もいない部屋で時間をつぶす。

「いつも何してたんだっけ」

テレビをつけると箱の中に人がいるといって驚く左之さんの顔を、パソコンを開くと墨も紙もねぇのに文字が浮かんでるといって頭を捻る左之さんを思い出した。何気なく書き置きを裏返すと、そこにも何か書いてある。

―――好きなものはなまえの作る味噌汁。嫌いなのは、なまえを泣かせちまう自分。

「ふっ…、左之さんのばぁか」

結局想いを伝えられないまま終わってしまったけれど、これで良かったのかもしれない。元の時代に帰った左之さんを、こっちの時代で生きるわたしが縛ってはいけないのだ。左之さんは優しいから、告げてしまったらきっと困ってしまったに違いない。だけどそんなところも含めて全部全部、

「…………大好きです」

これからもずっと。そっと呟くと、その声は昇りきった太陽から降り注ぐ光に混ざって溶けた。





『いつもと変わらぬ空』




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