――なまえを、信じるよ

喉を微かに震わせて発した小さな声がこいつに届いたかはわからねぇ。けど…届いてるといい、俺の想いが少しでも伝わっていれば、いい。



すぐ傍に自分のものではない体温を感じる。髪を梳かれている感触と、それにいい匂いもする…。すんすん、顔を匂いのもとへと押し付けた。しばらくそうしてからやっと満足して、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

「………ようやっとお姫さんのお目覚めだな」

だんだんとクリアになる視界で一番最初に見えたのは、特徴的過ぎる赤髪でした。

「え…と、……ご、ごめんなさい!」

まったく困ったお姫さんだ、と苦笑しながらもわたしの髪を梳く手を止めない。腕枕、っていうかちちち近い、めちゃくちゃ近いです!

「寝起きの男の袂に頭擦り寄せるたぁ、まったく何考えてんだ。寝込み襲われたって文句は言えねぇぞ?」

言ってることは恐ろしいが、声は明るい。見上げる勇気はないけど、きっと例の心臓に悪い微笑みを浮かべているに違いない。

「……前にもこんなことありましたね」
「そうだったか?」

わたしと左之さんが初めて顔を合わせた日。あのときも、この綺麗な髪と強い眼光に思わず目を奪われたのだ。思い出したら左之さんの目が見たくなって、すぐ近くにある左之さんの顔を見上げる、が。…やっぱりやめておけばよかったと即座に後悔した。

「?、突然真っ赤んなって、どうした」
「も、なんて顔してるんですか…」
「何か言ったか?」
「いいえ!」

心臓に悪いなんてもんじゃなかった。ちょっと吐きそうなくらいの甘ったるい顔…!左之さんこそ襲われても知りませんよ、この世界には肉食系女子というものが存在するんですからね!



左之さんの腕から逃れて立ち上がる。一瞬残念そうな顔が見えたような気がしたけど、気のせいだろう。窓辺へ歩み寄り、カーテンを開ける。

「………雨、ですね」
「…雨、だな」

薄暗い空からしとしとと降り注ぐ水滴。これはしばらく止まないかもしれない。もしかして今日お父さんやお母さんに遊びに連れて行ってもらう予定だった全国の子供達を可哀相に思っていると、すぐ後ろから声がした。

「なまえ、」
「な、んですか」
「こっち」

気付けば手をひかれて、有無を言わさず布団へ逆戻り。寝転がりはしなかったものの、この体勢は一体何なのだろう。

「…左之さん」
「んー?」
「…面白がってます?」

胡座をかいた左之さんの足の間に座らされているのだが、とても落ち着かない。質問を笑ってごまかされたうえに、左之さんが喋る度に息が耳を掠めて…、顔が見えなくて本当によかったと思った。



「お天気、残念ですね。今日こそは公園に行くつもりだったのに」
「いいじゃねぇか、いつでも」
「左之さんだって体動かしたいでしょう?」
「あっちでは毎日馬鹿みたいに体動かしてたからな、たまにはいいんだよ」

左肩が重い。でも左之さんは全然気にしてないみたいで、わたしだけ意識するのも何だか悔しいから努めて何でもないフリをする。

「馬鹿と言や平助のやつ、元気にしてっかな」
「お友達ですか?」
「あんなもん腐れ縁だ、腐れ縁」

もう一人の馬鹿もな、と言ってからからと笑う左之さんはすごく楽しそうだ。

「お友達のこと大好きなんですね」
「お、やきもちか?」
「やき…!……左之さん、性格変わりましたよね?」
「何のことだ?」
「ごまかさないで下さい!」

意地悪です!と言って体を捻ると、案外あっさり離してくれた。振り返るとにっこりと微笑みかけられて、ついにわたしは白旗を上げた。





『指先から伝わる、』




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