05
「なまえちゃん、ご機嫌いかが」
仁王が初めて家に来た日から二週間が経った。
昨日の夜、突然仁王から電話がかかってきて、映画を観に行こうと誘われた。
あの日からメッセージも何もくれなかったくせに、私の気も知らないでこうして突如電話してくる。まあ暇だから良いんだけど…と了承した。
日曜日、桜木町駅で待ち合わせをして、駅近の映画館へと向かう。
「どの映画観るの?」
「どーするかのう。サスペンスかスリラーかホラーは?」
「な、何で全部怖いやつなの…」
「だって夏じゃし?」
「ホラーはやめませんか??」
「これ大人2枚ください」
「ホラーは無理!ホラーは無理!」
「意外じゃの」
折衷案で、結局人間が一番怖い系なスリラー映画を観た。
時折BGMが徐々に大きくなっていくシーンは、仁王の服を掴むことで恐怖を紛れさせた。
仁王はそんな私を見てフッと笑い、ほら使えとばかりに手を差し出してくる。ありがたく使わせてもらう。
「まあまあじゃったな」
「うん、何となく展開読めちゃったしね」
「の割に、途中左手折れるかと思ったぜよ」
「だ、だってあのシーンめっちゃ怖かったじゃん!」
適当に入ったカフェでアイスコーヒーを啜りながら、あーでもないこーでもないと映画の感想を言い合う。
なんだかデートみたいだ。
いや、デートなのか。
「今日ってテニス部休みなの?」
「そ。貴重なお休み」
「そっか。じゃあ仁王の貴重なお休みに何でも付き合うよ。このあとどうする?」
「んー」
仁王はストローをいじりながら、カフェの窓の外へと視線を移す。
あれ、と指差した先を見て一瞬言葉に詰まった。
「うう…やっぱり断ればよかった…」
「何でもって言ったじゃろ?」
ほら、と水を手渡され、一口飲む。
仁王が指差したのは、横浜コスモワールドのアトラクションだった。縦に横に旋回する系の、絶叫アトラクションだ。
「映画よりスリルあったぜよ」
「そうですね…」
近くのベンチに二人並んで腰掛け、ランドマークタワーを見上げながら遠くの喧騒を聞いていた。
仁王は缶の炭酸ジュースを飲みながら、大観覧車のてっぺんを見つめている。
「あれ、乗ったことあるか?」
「あるよ。結構好き。でも夕方に乗ったほうが綺麗だよ」
「ほーん」
仁王はどうやら乗ったことがないらしい。
あとで乗る?と尋ねると、こくんと小さく頷く。
「それまでどうする?あと2時間くらいだけど」
「んー」
飲み終えたジュースの缶をくわえながら、組んだ足をプラプラさせている。
「大人の遊園地?」
「…そんなエロ漫画みたいなこと言わないで」
結局私たちは、それから石川町のラブホで時間を潰した。
到着してからすぐ、部屋にあったゲームでひとしきり遊んだ。もしや今日はそういうのなかったりしてと思いきや、終わったあとはやっぱりそういう雰囲気になった。
ラブホに来ているのだから当然ではある。
「なんか不思議。仁王とこんなことになってるのが」
事後、仁王の横で仰向けになりながら呟く。
半裸の仁王は、私の髪の毛で遊んでいる。
「人生何が起きるかわからんからの」
「私学校のみんなにバレたらどうなるんだろ?絶対いじめられるじゃんね」
「それはないじゃろ。いつのマンガ」
いやいや仁王くん、女の子は完全に無いとは言い切れないよ。髪を弄ぶのをやめて、仁王は私の首筋に鼻を寄せる。
「なまえちゃん、いー匂いする」
「仁王、くすぐったい」
「ん」
首筋に一度キスを落とした仁王が起き上がり、仄暗い照明の下で薄く笑った。
頬を伝う綺麗な汗に釘付けになっている私のシーツを剥がして、仁王が私の脇腹をなぞる。
またくすぐったくて身を捩ると、仁王はそんな私の反応を楽しむかのように笑って、きゅっと結んだ私の唇に口づけた。
「にお、くすぐったいよ」
「しー……なまえちゃん、静かに」
「無理……っあ、あ、それや…だ」
仁王の指が下へと降りていく。しなやかな指でなぞられて捏ねられて、私はこんなにも簡単にすべてとろけきってしまう。
こうしてあっという間にまた仁王のペースになる。
「あーあ、さっき拭いたのにまたこんなに濡れとる」
滴り落ちるほどに濡れているそこに指を這わせながら、仁王は意地悪そうに笑う。
指の腹で中心を押し潰されて、嬌声が漏れ出た。
「悪い子」
自分の理性がどんどん剥がれ落ちていく音がする。
日が落ちかけ、夕焼けが遠くに見えるようになった頃に、私たちはのんびりと大観覧車へと向かった。
混み始めるのは夜景の時間帯かららしく、そこまで待たずに乗ることができた。
「そっち行ってええ?」
「だめ動かないで!絶対動かないで」
「ケチ」
ゴンドラの中で立ち上がるのを阻止して、仁王をもう一度座らせる。
意識を逸らそうとして、ほらアレ大桟橋、と指差した。船しか見えん、と返ってきて、ひねくれてるなあと笑った。
「あ、富士山じゃ」
「えっどこ?」
「あっち」
窓に張り付いて目を凝らしていると、観覧車がぐらりと揺れた。小さい悲鳴を上げ、気づけば仁王が隣にいる。
「…そんなに私の横、来たかったの?」
「うん」
うん、って。
仁王は前のゴンドラに乗っているカップルをちらっと見て、こんな感じかの、と肩に腕を回す。
「わーすぐそういうことする」
「観覧車といえばこーじゃろと思って」
夕日に照らされた仁王は、とにかく綺麗でかっこよかった。さっきよりもドキドキしているのはなんでだろう。
あんまり仁王のほうを見られずにいると、仁王の手が伸びてきた。
キスする寸前、仁王はぴたりと止まって、「…なんちゅー顔しとんの」と呟いた。
「変な顔してた?」
「してた」
「ひ、ひどすぎる」
「…我慢できなくなる顔してた」
仁王の顔が近づいてくる。
唇を重ねながら、ずっとこのままだったら良いのにと思った。
仁王には絶対に言ってやらないと思うのは、私のつまらないプライドだ。
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