番外編1


「なんかみょうじさんってさ、可愛くなったよな」


体育の時間、隣の女子バスケコートでゴールを決め、チームメイトと喜び合うなまえを見て、誰かが呟いた。


「あんな可愛かったっけ」
「俺も思った。普段つるんでる友達のほうが目立つから、あんまりそんなイメージ無かったけど」


言いたいことはわかる。

丸井はバスケットボールを適当にバウンドさせながら、心中で同意した。

なまえは確実に可愛くなった。だがそれは単純に、なまえが恋をしているからに他ならない。
彼女があんなふうに、心からの笑顔をよく見せるようになったのは、仁王が日本に戻ってきてからだ。


「噂で聞いたんだけどさ、みょうじさんって仁王と付き合ってるらしーよ」
「え、マジ?!そーなの丸井?!」
「…俺に振んなよ」


立海の人間ときたら、昔からテニス部関連のことは何でもかんでも自分に尋ねてくる。仁王はどこにいるのか、幸村にこれを渡して欲しい、朝の風紀チェックで真田担当の日はいつか等々、部活外のことでも一切関係がない。
もはや慣れてしまっているとはいえ、うんざりすることには変わりない。ボールを弄りながら丸井は溜め息をつく。


「だってお前、みょうじさんと結構仲良くない?」
「まあ、わりと喋るっちゃ喋るけど」
「いいなーずりぃーさすがは丸井」
「お前らも喋りかければいいだろぃ」
「やーそうなんだけど、みょうじさんってなーんか何考えてんのかわかんないっつーかさ」


いつだったかなまえに電話口で、自分という人間をどう思うかと聞かれたことを思い出した。
やはり自分の言ったことは的外れではなかったらしい。


「でもさ、滝澤と二股かけてたって噂もあんじゃん。清純そうに見えて意外とそういう子なんじゃねーの」


不満そうな顔でそう呟いたのはサッカー部の奴だ。サッカー部には、いまだになまえのことを良く思っていない奴らも一部いるらしかった。


「えーそれはショックだわ!ビッチは萎える」
「…んなこと言って、お前彼女作ってソッコー振って、んで後輩に手ェ出してたろぃ。お前も、前に他校の子ヤリ捨てしてたよな」
「そ、それはさー…」


鋭く睨むと、クラスメイトたちはもごもごと言い淀む。丸井の機嫌を損ねたことに危機感を覚えたのか、そそくさとシュート練習を始め出した。
そんな彼らに内心舌打ちをしながら、丸井はなまえに視線を戻す。


たしかになまえは、関係のない人間からすればすぐに仁王に乗り換えたように見えるのは事実だ。だが丸井からしてみれば、なまえは信じられないほどに一途な人間であるし、滝澤ともお互い納得して別れているのだから外野がとやかく言う必要は無い。


丸井自身、中等部の頃から有ること無いことを外野から言われ続け、辟易していた。

特に中3、テニス部レギュラーになった頃が一番酷かったように思う。
夏までは部活があまりに忙しく、そんなことを気にする暇もなかったが、全国大会が終わるとますます自分に関する何かしらの噂が耳に入ってくることが増えた。
恋愛においても部活においても、知らない奴がしたり顔で様々なことを好き勝手に言う。もはや慣れっこではあったが、気持ちのいいものではない。

なまえは3Bで同じクラスだった。目立つグループにいたと記憶しているけれど、偏見や憶測でものを喋ってくる人間ではなかった。そういった点で、丸井はなまえのことをある程度好意的に捉えていた。


丸井の視線に気がついたなまえが、呑気に手を振る。丸井はバスケットボールを床に突いたまま、曖昧に笑みを返した。


「…やっぱ可愛いなー、みょうじさん」
「手振ってくんのなんかエロいわ」
「大丈夫お前に振ってねえから、丸井に振っただけで。丸井いーなー」
「……お前ら単純すぎねぇ?」






HR後、荷物をまとめて帰ろうとしているときになまえに声を掛けられた。


「丸井くん、ちょっと良い?相談に乗ってほしいんだけど」
「相談?」


なまえが丸井に相談してくるとしたら、ひとつしかない。


「仁王のことならわかんねーけど」
「ま、まだ何も言ってないのに!」
「でもそうだろぃ?」


ガムを噛みながらそう返すと、なまえは気まずそうに「まあそうなんだけど…」と呟く。
まあ聞くだけ聞いてやるか、と丸井が椅子に掛けると、なまえは嬉しそうに礼を言って自分も椅子に掛けた。


「あのね、もうすぐ仁王の誕生日らしいの」
「あー、そういやそうだな。12月4日」
「仁王の欲しいものがまっっったくわかんなくて困ってて…!丸井くん何か知らない…?!」


相談ってそれかよ、と丸井はガムを膨らませ損ねる。しかしなまえの顔は真剣そのものだ。


「や、知らねーし、そんなん本人に聞いたほうが早くねえ?」
「聞いたんだけど…なんか結局わかんなかったんだよね…」


そういえば仁王はかつて、月刊プロテニスの取材で"今一番欲しいもの"を聞かれた際に、よく意味不明なことを言って記者を困らせていたっけ。
彼女にもやんのかよ、と丸井はなまえの苦労を察して憐れんだ。


「そうは言ってもなあ…あいつ別に物にこだわりとか無さそうだし、何でもいいんじゃねえの?」
「それは同意なんだけど、さすがにちょっとは傾向を知りたいっていうか…!何か前に欲しがってたものとか知らない?」


傾向などと言い出すあたり、こんなときもなまえの真面目さが出ている。記憶を頼りに、かつて取材で答えていたものを挙げると、なまえはハァ?と眉間に皺を寄せた。


「何それ…意味わかんない」
「おーやっと気づいたかよ。お前はそういう意味わかんねえ奴と付き合ってんの」
「やーほんっとそうなんだよね……」


なまえはしばらく腕組みをして考えたのち、よし!と立ち上がった。


「丸井くんありがとう!一応柳くんにも聞いてみようと思う!」
「おーそれがいいぜ」


あの柳ですら、答えを持っているかはわからないが。
荷物をまとめて帰る支度をするなまえに、丸井はふと気になったことを尋ねてみた。


「みょうじ」
「うん?」
「本人に聞いたときにさ、何て返ってきたんだよ」


なまえは、あー…と視線を宙に浮かせる。


「えっとなんか、『ずっと欲しかったものはもう手に入った』とかなんとか…。もーどういうこと?って感じだよね」


そう言って、なまえは困ったように笑った。
じゃあまた明日ね!と教室を出ていくなまえの背中を見つめながら、丸井は鳩に豆鉄砲を喰らった気分でガムを膨らませる。


その欲しかったものって、


「……みょうじのことじゃね?」


丸井は大きくため息をついて、椅子から立ち上がる。


「あーあ、やっぱ良くねえな。6年も一緒だと」


この何とも言えない苛立ちをどうしてやろう。

赤也あたりを捕まえて何とかするか…と考えながら、丸井は新しいガムをポケットから取り出しながら教室を後にした。


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