20
立海大附属高校を卒業して、私たちは大学生になった。
「もーなまえと柳、遅いよー!もう飲んじゃってるからね!」
「わーごめん!お待たせ!」
「スタートを18時に設定するお前たちがおかしいと思うのだがな」
私は、立海大法学部に進学した。
大学3年生の今、同じく法学部へ進学した柳くんと偶然にも政治学科の同じゼミに所属している。今日はそのゼミの飲み会だった。
インターンやバイトで来られない人たちを除いて、今日は結局私と柳くんを含めた男女4人が集まった。
「明日なまえバイト無いんでしょ?」
「うん、何も無いよ」
「イェーイじゃー思いっきり飲めるね!」
このゼミはみんな程よく明るくて、適度に勉強を頑張ろうという人々の集まりだ。内部生と外部生が半々くらいなところも含めて、そのバランスが気に入っている。
立海はマンモス校のため、半分が内部生とはいえ知っている人は柳くんくらいだったが、割とすぐに馴染むことができ、こうして集まることもしばしばだ。
「てかさ、さっき聞いたんだけど、なまえの彼氏って工学部の仁王くんだったの?!」
ドリンクメニューをめくっていた手がぴたりと止まる。大学生になっても、飛び出るワードは高校のときとたいして変わらないものだ。
「あーうん、実はそうなんだよね」
「いやマジかー!衝撃がすごいんだけど!」
仁王は工学部に進学して、現在建築科の3年生。
相変わらず本人は立っているだけで目立つ。中高ももちろん有名ではあったが、大学ではそれを凌駕する勢いでその名を轟かせていた。
「しかも高校んときから付き合ってんだよ!なあ、なまえ!」
「なんでなまえじゃなくてあんたが得意気なんだよ!」
「しかも同棲してっから。なあ、なまえ!」
「だからなんであんたが」
得意気になる吉井くんの頭を、加奈ちゃんがメニューでぽすんと叩く。
「いやー俺びっくりしたもん、当時。仁王って彼女とかそういう話まったく無かったからさ。同じテニス部でも丸井はいっぱいあったけどー」
「柳もだけどさ、なんで元テニス部ってこんなモテんの?こわいんだけど。ねぇなんで?柳」
「俺に聞かれても困るが」
文学部に進学した丸井くんは、2ヶ月前くらいに柳くんと我が家に来てくれた。
3年にもなると、他学部の人とはほとんどキャンパス内で顔を合わさないが、丸井くんとは比較的会っているほうな気がする。
「そもそも、仁王くんとはどういう馴れ初めなの?」
「えーと、馴れ初め…うーん…」
この手の質問はちょっと苦手だった。話せば長いし、そもそもどこまで言っていいものか迷ってしまうから。
この中で柳くんだけはすべてを知っているので、助けを求めて向かいに座る柳くんに視線を移す。柳くんは日本酒を手酌しながら、フッと笑った。
「そもそも俺と初めて話したのも、仁王絡みだったな」
「え、そーなん?!」
「ああ。海外にいて連絡の取れない仁王に…」
「柳くーん!やめてー!!」
早く違う話題にできないかなと、またもや柳くんに視線を送る。それに気がついた柳くんは、持っていたお猪口を静かに置いた。
「ところで、みょうじさんに一つ聞きたいのだが」
「うん!なになに?!」
「なまえ必死じゃんウケる」
さすが柳くん、これで話題が変わりそうだ。
「みょうじさんは、一体いつまで仁王と呼ぶつもりだ?もう付き合って3年は経つだろう」
「あーそれ、俺も思ってた」
や、柳くんー!
彼の問いに、他のみんなも好奇の目で私を見る。一斉に視線を受け、気まずさに俯く。
「いつまで、と言われましても…付き合ってからずっと仁王って呼んでるし…」
「普通呼び名って変わるじゃん?今一緒に住んでんだよね?家でも仁王って呼んでんの?」
「う、うん」
「すいませーん!赤ワインと白ワインデカンタで!」
加奈ちゃんが、会話の途中で残っていたビールを一気にあおって店員さんを呼び止めた。
「ふむ、いつもより飲むペースが23%ほど早いようだが」
「コイツ0次会して酒入れてきてるからね」
「まあまあ!みんな聞いて!私ねーわかっちゃった!」
酔っ払った様子の加奈ちゃんが、つまんだポテトで私を指す。ニヤッと笑う加奈ちゃんに嫌な予感がした。
「なまえと仁王くんて……エッチするときだけ名前で呼んでんでしょ!そーゆータイプっしょ!」
「なっ…!加奈ちゃん?!」
「…ほう」
「柳くん、ノート取り出すのやめてくれる!?」
店員さんがタイミング悪く、注文したワインを運んできた。加奈ちゃんは私の前にグラスを置いて、ずいっと押し出す。
「違うんなら飲もー!」
グラスになみなみ注がれた赤ワイン。
お酒はあんまり得意ではないけど、これを飲まないと肯定したことになってしまう。引くに引かれなくなりグイッと干すと、周りが歓声を上げた。
「なまえさん、先ほど既にビールを1杯飲んだだろう。それを踏まえると限度はせいぜいあと3杯だ」
「柳余計なこと言うなー!」
「そうだそうだ、柳も飲めー!」
「なまえちゃん良いねー!はい、もう一杯いこー!」
自分で忘れてしまっていた。
私は非常に押しに弱い。
それから、何杯飲んだかわからない。
気がつくと、居酒屋の机に突っ伏していて、誰かに肩を揺すられていた。
顔を上げると、白いTシャツ姿の仁王がいた。
「あれ…?なんでにお、がここに……」
「柳から連絡もらった」
「やなぎくん…」
辺りを見渡すと、柳くんが同じく酔い潰れたらしい二人の介抱をしていた。時刻はもう25時を回っていることを柳くんに告げられる。
「すまないな、仁王。みょうじさんが乗せられてあれよあれよという間に飲んでしまうので、止める隙が無かった。後はこちらで何とかしておく」
「ん、よろしく頼むナリ」
じゃ、と私の腕を引っ張って仁王は立ち上がる。その右手には私のバッグ。
訳もわからないままに居酒屋を出た。
タクシーに乗せられ、気がつくと家のマンションに着いていた。
「…あれ、もう着いた…?」
「とりあえず水飲みんしゃい」
「ありがと……」
ソファに座らされ、ペットボトルの水を手渡される。蓋に力を込めると、力加減を間違えたのか思いっきり胸元に水がかかった。
「あは、めっちゃこぼしちゃった!見て、仁王」
へへ、と笑う私を見て目をまん丸にする仁王。
こういう顔は久々に見たかもなあ、とぼんやり思っていたら、仁王はひとつため息をついて私の横に腰掛けた。
「……隙だらけじゃ」
「うん?」
「男もいるところで、こんなになるまで飲みなさんな。なまえちゃん酒弱いんじゃし」
「…心配?」
「そりゃあ」
何だか愛おしくなって、お酒くさいかもしれないと思いつつ抱きついてみた。
普段、酔っ払った丸井くんや切原くんを面倒くさそうにあしらっているのを見ているし、仁王はこういうのを好まないだろうということも知っている。けれど、なんだか今は抱き付かずにはいられない。
「仁王あったかーい」
「酒ってのはすごいのー」
仁王は遠い目をしている。なんだかよくわからないが、抱きつかれているこの状況が嫌というわけではなさそうだ。
しばらく間を置いて、仁王が体を離して私の顔を覗き込む。
「なまえちゃん、せっかくじゃき、確かめたいことがあるんじゃけど」
「んー?なに?」
顎を持ち上げられて、唇にキスをされた。
わけがわからずぼーっと仁王を眺めていると、仁王は私の服のボタンを外し始める。
「ん?なにしてるの」
「こんなに酔ってるなまえちゃんはなかなか見られんからの。どーなるのか興味がある」
「どーなるって、なにが?」
「それに、今日の飲み会で色々暴露させられたじゃろ。だからこーやって俺に好き勝手されても文句言えんじゃろ?」
柳くんめ、チクったな…!
ブラウスを脱がされ、気がつけば下着だけになっていた。
「あ、この下着、こないだ買ってたやつ」
「ん……仁王の手つめた、い……末端冷え性…」
「そー。多少冷たくても我慢しんしゃい」
仁王の手が下着の隙間から入り込む。
胸をぐりぐりされて、小さく声が出た。
「あ、う、くすぐっ…た、い」
「肌真っ赤」
胸元に唇を寄せられ、気がつくと小さく赤い痕がついた。
「良い眺め」
キスマークを付けながら胸を弄っていた仁王の手が、下へと伸びる。スカートと下着をおろされて、あっという間に裸になってしまった。
仁王はまだ服を着ているというのに、こんなに明るいところで自分だけ裸なのが恥ずかしい。
「ずるい、私だけ……あっ」
仁王の指が秘部へと触れる。指を何度か往復させた仁王が、意地悪く笑った。
「ん……や、だ」
「自分でわかるか?」
「わか、んない」
嘘だ。
いくら酔っていても、これだけ濡れていればさすがにわかる。
何度も体を重ねているのに、いまだに仁王に少し触れられただけでこうなってしまう私の体は、もう馬鹿になってしまったのだろうか。
仁王は私を抱き起こして、ソファに腰掛けた。
膝の上に跨る形で座らされれば、否が応でも仁王の顔が見える。
「あ、ん、」
「こっち見て、なまえ」
見上げてくる仁王の瞳は扇状的で、余計に私を興奮させた。秘部を滑る指の動きは止まらず、快感がとめどなく襲う。
「あっ、あ、あ…雅治、…ん、や、」
愛液が伝って仁王の膝に落ちる。
次々と染みをつくるのを見て、思わず腰を引いた。
「ズボン、濡れちゃう…から、」
「もう遅いぜよ。なまえちゃんのでびちょびちょ」
「ん、だから……ああ、」
何を言っても仁王は指の動きを止めてくれない。
「ここ、なまえの好きなところ」
「や、好きじゃな、い……」
「じゃーここは?」
「ああっ、あ……やだ、だめ、雅治、だめ、」
「好きじゃろ?」
「好、き、です……ん、あっあっ」
「は、かわい」
こうして仁王の指で蕩けさせられて、もはやこの暑さがお酒のせいなのか何なのかがわからない。
「だ、めイく、イく……」
「ん」
「あっ…だ、めだって…ば、ああっ…!」
1回目、あっけなく仁王の指だけでイッてしまった私は、自分でもどうしたんだろうと思うくらいに達したあとも余韻で体が小さく震えていた。
「良さそうじゃの」
「ん…。雅治の指、好きだから……」
「……お前さん、どこでそんなん覚えたんじゃ」
「だって、好き、なんだもん」
雅治、好き。
思ったことをそのままに伝えれば、また押し倒された。
スイッチが入った顔してる。
私の上で服を脱ぎ捨てる仁王の姿を見て、高2のあの夏の日を思い出していた。
prev- return -next