18


煌びやかな服装の女の子たちと、ぴっちりスーツに身を包んだ男の子たちを遠くに眺めながら、紙コップのオレンジジュースを飲み干す。


「プロムって…こんなのよく実現したよねえ」


今日は3月10日。
受験も大方終わり、あとは卒業式を残すのみとなった。

私は、立海大に進学することが決まった。
仁王も無事内部進学試験に通り、柳くんも丸井くんも、いつもの仲が良い女友達もみんな立海大だ。なんならほとんどの生徒はそのまま立海大に上がるので、学年全体に卒業ムードはあまり無く、わりと穏やかではある。

けれど、高校生活ももう残りわずか。
せっかくならば何か特別なことをしようということで、このプロムが開催されることになったらしい。


「実はずっと前から、生徒会の意見箱に多数要望が寄せられていた。氷帝学園名物の卒業プロムをうちでも実施してみたいと」
「そうなんだ。これ絶対、先生たち説得するの大変だったよね」
「目的とコストパフォーマンス面の説明さえクリアすれば後は早かったな。もっとも、氷帝よりは質素だが」


とはいえ、私は今こうして、体育館の入り口近くで壁の花と化している。
生徒会である柳くんも足りなくなった紙コップと飲み物の補充に忙しそうだ。


「仁王は来ていないようだな」
「何か先生に呼ばれてるみたい。単位が微妙に足りないとかで」
「そうか。それでみょうじさんはここにいるというわけだな」
「そうなの」


楽しそうに彼氏と踊っていた友達が、こちらに気がついて手を振ってくれた。笑って手を振りかえす。
煩わしい試験がすべて終わり、懸念点が無くなったことでみんなの表情は等しく清々しい。


「柳くんは踊らないの?」
「俺は運営側だからな。そんな暇はない」
「でもスーツなんだね。柳くんのそれ、めっちゃ似合ってる!」
「ああ、ありがとう。みょうじさんもブルーグレーのワンピースドレスがよく映えている」
「ほんと?ありがとう」


さすが柳くんは褒め方ひとつ取っても説得力がある。

感心していると、えんじ色のスーツに身を包んだ丸井くんが紙コップを持ってこちらにやってくるのが見えた。
もう片方の手にはお菓子を持っている。


「柳ー!お菓子まだある?」
「ああ、裏にあるものを取ってこよう」
「やりぃ!」
「しかし丸井、今がお前のベスト体重だ。もしこれ以上食べた場合、お前の体脂肪率は今よりも1.24%…」
「あーあーあー、良いんだよ今日は!お祭りだしな!んじゃシクヨロ」


柳くんにあれこれ言いながら、丸井くんはコップにアップルジュースを注ぐ。さっきから一度に何杯飲んでいるのだろう。
もう何を言っても無駄と諦めたのか、柳くんはため息をひとつついて体育館の舞台袖に消えていってしまった。


「よーみょうじ。暇そうじゃん」
「うん。いつも一緒にいる友達はみんな彼氏といるからさ。邪魔したくないじゃん?」
「いやー付き合ってる同士で踊るの恥ずくねえ?すげーよな」
「丸井くんはさっき男の子と踊ってたね」
「おー、彼女いない奴は大体男同士で踊ってるぜ。むさくるしいけどこれがまた楽しいんだよな」


丸井くんと踊りたい女の子なんて死ぬほどいるだろうに、という言葉は飲み込んでおいた。


「お前そのドレス似合ってんじゃん」
「え、丸井くんまでありがとう。丸井くんもアイドル?ってぐらい似合ってるね」
「は?当たり前だろぃ」
「なんか褒めて損した」


何を今更、みたいな反応された。


「てか今日って一応全員参加だろ。あの仁王も正装してんのか?」
「どうだろ?今日まだ会ってないから」
「え、お前らマジで付き合ってる?」
「た、たぶん…」


たしかにたまに夢じゃないかと思うことがある。気づいたらまたいなくなってるんじゃないか、とも。
でも昨日も電話はしたし、今日もここに来ないだけで学校には来ている…はず。


「ふーんなるほどな。しゃーねえ、かわいそーなみょうじなまえサンのために、この俺が一曲一緒に踊ってやろーか?」
「えっ…それ、大丈夫かな」
「大丈夫だろぃ、こんなん友達同士で楽しんでる奴らのほうが多いんだしな」


いや私が言っているのは、丸井くんガチ恋勢的に大丈夫かなということなのだが、当の丸井くんにはまったく伝わっていないみたいだ。


「ちょっとくらいいーんじゃね?せっかく着飾ってんだし」
「うーん」


少しの間考えて、でも、と言いかけたときに不意に横から誰かに腕を引かれた。
バランスを崩した私の頭上から声がする。


「やっぱり、立海のアイドル丸井ブン太くんは優しいのう。なあ?なまえちゃん」


顔を上げると、灰色のスーツに身を纏った仁王が立っていた。

やばい、死ぬほど似合っている。
思わず固まっている私をよそに、丸井くんが口を開く。


「仁王、やっと来たかよ」
「ふむ。遅かったな、仁王」


お菓子と飲み物が入った箱を両手に持った柳くんがいつの間にか現れた。


「参謀、ジュース以外何か無いか」
「あっちにミネラルウォーターがあったはずだ」
「ん」


水を取りに行く仁王の後ろ姿を見ながら、柳くんが小さく笑う。


「"やっぱり"か。仁王らしいといえば仁王らしいな」
「何がだよ?」
「丸井と俺は、虫除けに使われたということだ」


柳くんが私を見る。
つられて丸井くんも私へと視線を移し、しばらくして何かに気がついたように片手で前髪をかきあげた。


「うわ、マジ?そういうことかよ!」
「俺は参加こそしないが、運営側として常にこの会場にいる。さらに丸井は現在特定の恋人がいないし、もしみょうじさんが一人でいるのを見つければ必ず話しかける。相手がよりによって丸井では、他の男が付け入る隙は無いだろうからな」
「……あいつ、マジか」


丸井くんが向こうにいる仁王へと視線を移す。
ミネラルウォーターを1本持って、仁王は何食わぬ顔で戻ってきた。


「やー、それ、中3のときのU17合宿で一緒だった奴らに教えてやりてえ」
「あの仁王雅治が、自分の意思以外で放浪の旅を切り上げたのだからな。これ以上の大ニュースはない」
「あんときの幸村くんの驚いた顔、なかなかにレアだったよなぁ」


丸井くんと柳くんがあれこれ言うのを意にも介さず、仁王はミネラルウォーターのボトルを開けて一口飲んだ。
私の視線に気がついた仁王はいつものように薄く笑う。


「何じゃ、穴が空くほど見つめて」
「あ、いや、その…」
「なまえちゃん、似合っとうよ。そのドレス」


ずるい。
不意打ちだ。


「あり、がとう」
「わー俺のときと反応が全然ちげえ」
「当たり前ナリ」


仁王は私が持っていた空の紙コップを奪うと、近くにあった机に置いた。
そして目の前で恭しく手を差し出してみせる。


「踊るか、なまえちゃん」
「えっ良いの?」
「せっかくこんな服着てるしの」


ぐい、と引っ張られて体育館の真ん中に進み出る。
突然出てきたものだから、周りの視線をかなり浴びている。


「周りは気にせんで、俺を見てれば良い」
「…仁王って、意外とこういうの好き?」
「いやいや、なまえちゃんを壁の花にしとくのは勿体無かろ?」


こうしとけば虫も寄りつかんし、と仁王は付け加える。さっき柳くんが言っていたことは、あながち間違っていないのかもしれない。


「そーそー、上手い上手い」
「一応配られたステップの紙読んだから。…でもなんで仁王は読んでないのに出来るの」
「さあな、何でか出来た」


そんなことある?


「そういえば単位、大丈夫だった?」
「ああ。何とかなったぜよ」
「良かったー!仁王が立海大に進まなくて、またどこかに行っちゃうかもって、実はちょっとこわかったから」
「そんなに不安だったか」
「…ちょっとだけね!」


でももう平気、と笑ってみせると、仁王は私の顔をじっと見つめたあとにフッと笑った。
そしてこんなことを言い放った。


「なまえちゃん」
「うん?」
「高校卒業したら一緒に住むか」
「うん……え?」


思わず足が止まる。
それに合わせて、仁王も足を止めた。


「ええっ!?」


自分史上一番の大声が、この体育館に響き渡る。

仁王は何でもないことのように、いつも通り薄く笑みを浮かべていた。
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