15


「まーでも、今日はここらへんで帰るかの」


観覧車から降りたあと、階段を降りながら仁王がそう呟いた。
振り返って観覧車のデジタルロックを見ると、時刻は15:00と表示されている。


「うん、そうだよね。さっき帰ってきて仁王も疲れてるだろうし」
「いや、というか、これ以上なまえちゃんといたら帰したくなくなりそうじゃき」


さらりと恥ずかしいことを言ってのける目の前の背中を、持っていたミニバッグで軽く殴った。


「すぐ、すぐそういうこと言う」
「だって本当のことじゃし?また外泊させることになったら今度こそ親御さんに殺される、俺が」
「たしかにあのときは結構怒られたけど…」
「それに…見んしゃい、あそこ」


仁王が指差した先には、ガラス張りのカフェがあった。道路沿いのボックス席に視線を移すと、お客さんであろう人物2人がメニューでサッと顔を隠す。


「あのちょっと見えてる赤髪…と、横のやたら姿勢良い人は…」
「参謀の奴、大人しく帰ったと思ったら…。まだ大会のこと根に持っとるんか」


仁王は目の前で携帯を取り出し、アドレス帳を呼び出すと、発信ボタンを押した。
目の前の人物がメニューを不自然に顔の前に上げたまま、携帯を取る。


「おー参謀。まだ怒っちょるのか?」
<いや?そんなことはない。ただみょうじには悪いが、丸井と話していて少々後をつけてみようということになってな>
「ほー、の割にわかりやすく隠れたのう」


スピーカーにしたおかげで私にも聞こえるその声は、紛れもなく柳くんのだ。


<あとは、みょうじの恋路を見守ってやる必要があるかと思ってな。またお前がみょうじを泣かせないかと>
「それはそれは。大変な僥倖じゃ」
<今日は良いデータが取れた。みょうじ、感謝する>
「あっ、ううん…本当にありがとう柳くん」
<その声色から察するに、上手くいったようだな>


すべてお見通しでやっぱり恐ろしい。
じゃあな、と通話を切って、仁王は私の手を取って歩き出す。
振り返ると、メニューから顔を出した丸井くんがニヤニヤしながら手を振っていた。




地下鉄から乗り継いで、横浜駅から東海道線下りの電車に乗り、私たちの最寄駅に着いた。


「家まで送るぜよ」
「大丈夫!スーツケース持ってる人にそんなことさせられませんので」
「クソ真面目」


仁王は笑って、私の手を握り直した。嬉しくなって思わず手を握ったまま、仁王の手の甲をぎゅっと自分の頬に押し当てた。


「あー……、今日はダメ、そういうの」
「どうして?」
「もー言ってやらん」
「ふふ、ごめんごめん」


このままこの道をまっすぐ行くと、私の家がある。
仁王の家は左の道だ。

私たちは手を繋いだまま、T字路で立ち止まる。


「向こうで、なまえちゃんがいなくなったって聞いて、結構肝冷えた」
「う…それはほんとにごめんなさい…」
「俺の中では50:50じゃったけど。1/2って結構大きいじゃろ?」
「そうだよね」
「だから、ハイ」


仁王がスーツケースから手を離し、両手を広げる。


「心配損代」
「何それ」
「ん、早く」


待っている仁王は見たこともない顔をしていた。やや複雑そうな、でもちょっとふてぶてしいような。 
抱きつくと、背中に仁王の腕が回る。


「仁王」
「ん?」
「キスして」


顔を上げ、仁王の目を見て呟く。
仁王の喉仏が上下した。


「だから…なまえちゃん?」
「なに?」
「今日はそういうのダメ」
「なんでダメなの?」
「…お前さん、意外と悪い子じゃな」
「うんそうだよ、私悪いの」


久しぶりに仁王と会えて、舞い上がってるんだよ。
だから、今なら何でも言えちゃう気がする。


「キスは心配させちゃったお詫びに、ならない?」
「………なる」


仁王の両手が私の両頬を包む。
私が目を瞑る前に、仁王はキスをした。

唇が離れて、視線が交わる。
仁王の悩ましげな瞳が私を映している。


「なまえちゃんのせいじゃ」
「うん…」
「先に親に連絡しときんしゃい」


仁王は私から離れて、スーツケースの持ち手を掴む。
右手は、私の手を掴んだまま。


「今日は外泊するって」








「お邪魔します」


仁王の家は、外装も内装も綺麗に統一された素敵なお家だった。
外の門塀をあけて、仁王は大きなスーツケースを先に滑らせる。


「今日はご家族は?」
「おらん。明日まで父方の実家に行っとるから。姉貴は彼氏の家」
「そうなんだ」


玄関でこれ、と用意されたスリッパを履き、仁王の後ろについて2階へと上がる。
上がってすぐに3つ部屋があって、仁王は真ん中の部屋の扉を開けた。


「お、お邪魔します」
「さっき言ったじゃろ」
「なんかまた言いたくなって…」


というか、何だか仁王の部屋に入るのがすごく恥ずかしくて。いてもたってもいられなかったのだ。


「とりあえずここ座りんしゃい。なんか飲むか?」
「あっお構いなく」
「緊張しすぎ」


私のおでこにキスを一つ落として、仁王は1階へと降りていく。
しばらくして、緑茶とミネラルウォーターのペットボトルを持って戻ってきた。


「ハイ」
「ありがとう」


お茶を受け取りながら、仁王の部屋の壁やら机やらを見回していると、ベッドの横に座った仁王がプッと笑う。


「あっごめん、なんか…不思議で」
「俺の部屋にいるのが?」
「うん。これ夢かも?」
「夢じゃ困るぜよ」
「でも…夢じゃないね。この部屋、仁王の匂いがするもん」
「どんな?」
「うーんとね、表現難しいけど、すごく好きな匂い。落ち着くようなドキドキするような…なんかちょっとそわそわもする感じの」


ねえ仁王、と顔を向けると、いきなり唇を奪われた。
そのまま仁王の唇の感触を確かめていると、後ろに押し倒されて、持っていたお茶を仁王が着ているTシャツに少しこぼしてしまった。


「あっ?!ごめんこぼしちゃった!」
「良い。どうせ脱ぐから」


仁王はシャツを脱ぎ捨てると、再び私の唇にキスを落とす。
キスをしながら私の手からペットボトルを取ると、そのまま近くの机に置いた。

キスの途中で、ぴたっと仁王の動きが止まって唇が離れる。


「あー俺、フライトの後そのままじゃ、飛行機乗る前にシャワーは浴びたけど」
「そんなの良いよ。続き、したい」
「…お前さんのその、スイッチ入ったときが怖いぜよ。先が思いやられる」


私のノースリーブの服を脱がし、お互い下着姿になる。

まだ午後の明るい時間だというのに、仁王の家でこんなことをしているという事実に背徳感で震えた。
カーテンを閉めているとはいえ、隙間から漏れる光が私たちを照らす。

仁王の手が私の下着の中に滑り込む。


「ん……にお」
「ん?」
「ちゃんと触っ…て…」
「まだダメ」


仁王の指は掠めるばかりで、肝心なところにはきちんと触ってくれない。
息が上がる私を見て、仁王は意地悪く笑った。


「あー、なまえちゃんのそのカオ。とろっとろに溶けたカオ、好きじゃ」
「う……」
「ほら…脚、見てみんしゃい」


そんなの、見なくてもわかる。
内腿まで雫が伝い落ちているのは、このあとを期待しているから。


「仁王……ん、」
「雅治」
「ま…さはる……」
「良い子」


名前を呼び終わる前に、仁王の指が蕾を優しく押しつぶした。
爪で優しく引っ掻かれて、小さく悲鳴を上げる。


「そういえば…俺がいない間に他の男に抱かれたんじゃろ?気分はどうじゃった、なまえ」
「ん、んっ…ごめんなさ……」
「この顔、見せたんか?あいつに」


仁王の右手の親指が、私の口をねじ開けて舌を触る。
答えられないでいる私をよそに、左手の中指が濡れそぼった中に沈み込んでいく。


「んっ…あ、あっあ、や……そこやだ」
「ここが良いって、アイツも知ってる?」


首を横に振ると、中の指がさらに奥へと入っていった。
ざらついた場所を見つけると、そこを刺激し続けながら仁王が続ける。


「じゃあこれは?」


仁王の舌が段々とおりていく。
太ももを固定されて、舌で蕾を刺激する。指の動きも緩めてくれず、強すぎる刺激に身震いした。

それを同時にされたら私が簡単にイッてしまうことを、仁王は知っている。


「あ、あっ…待って、にお、」
「雅治」
「まさは……あ、あ…イく、イっちゃ……は、んっ…んぅ」
「っは…、かわい」


私が達するのと同時に、恍惚な表情を浮かべた仁王が小さく震えた気がした。

仁王のそれも、いつになく膨らんでいて、先端が濡れている。


「雅治、いい…よ…」
「イッたばっかでしんどいくせに」
「へ…き。挿れて……雅治、おねがい」
「……破壊力抜群じゃ」


挿入の直前、仁王は私に視線を合わせた。
あの日と同じだ。


「あのね…わたし仁王が好き」
「…ここでそれ言うんか」
「うん、言いたかったの」
「俺も」
「うん?」
「俺も好き、なまえのこと」


言い終わるより前に仁王の腰が動く。
入った瞬間、ぞわりと肌が粟立った。


「は、あ……」
「あー…待った……」


仁王は少しだけ腰を引くと、快感に堪えるように目を瞑った。


「いいよ。動いて」
「いや、そんなんしたらすぐ終わる」
「いいの、我慢…しないでほしい」


仁王に向かって両手を伸ばす。
これだから、という顔をした仁王は、一瞬考えて私の手を自分の首に回した。


「雅治、わた…し、雅治の前でしかこんなだらしなくならない…よ。雅治だけ、だもん」


私のその言葉を聞いた仁王は、言い終わると同時に唇を塞いだ。

私は、その後も与えられ続ける刺激にただただ喘ぐことしかできなかった。




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