12


何故、こんなことになっているんだろう。


「うおおー!待ってました!!これこれ!これが食いたかったんだよなあ!」


期間限定のぶどうのパンケーキに幸せそうにナイフを入れる丸井くん。その真横に座る柳くんが、クリームが落ちそうだと冷静に指摘している。

この組み合わせは、さすがに目立つ。1時間前の嫌な予感は的中したらしいが、それでも柳くんを紹介してもらえることはとても有り難い。


「君がみょうじさんだね」
「はじめまして!丸井くんと同じクラスのみょうじなまえと申します!本日はよろしくお願いいたします!」
「そう畏まらなくて良い。同じ学年なのだからな」
「悪ぃな柳!急に呼んじまって。うお、生地もフワフワ!」


柳くんとの接点は全くと言っていいほど無い。
とにかく頭が良くてすごい人だという印象しかないが、高3のこの時期にこんな頼みを聞いてくれるだなんて、何て良い人なのだろうか。


「みょうじさんの話は聞いている。丸井と最近仲が良いようだな」
「あ、まあ、はい。そんなにみんなから言われるほどでもないとは思うけど。ねえ丸井くん?」
「俺最近それめっちゃ言われんだけど」


うめー!とパンケーキを頬張る丸井くんに、紙ナプキンを差し出す柳くん。
柳生くんに引き続き、丸井くんのお母さんかな?


「丸井からは、みょうじさんが一日フランス語を習いたいらしいと聞いているが」
「そうなの!習いたいというより、こういう時何て言うかみたいなのを聞きたくて…!フランス人の方と会話するにあたっての日常会話的な」
「ほう。役に立つかはわからないが、俺で良ければ教えよう」
「本当に?!ありがとう…!」


さすが、生徒会会計を中等部も高等部も務めていた柳くんはしっかりしていて頼りになる。


「でもさー、お前何でそんなの知りてえの?フランス行く予定でもあるわけ?」
「ううん、ただ電話で話すだけなんだ」
「へーフランス人の知り合いいんのか、すげーな」


柳くんがノートを開いて、「どのようなことを伝えるかは決まっているのか?」と聞いてきた。


「えっととりあえず、こんな内容を考えてるんだけど…。正しい発音も知りたくて」
「…ふむ、この内容から察するに、アパルトマンの管理人にかけるつもりなのだな」
「アパル…?うん」
「しかし、向こうは日本よりもあらゆる面においてルーズだ。管理人が確実に電話を取るとは限らない。知り合いに直接連絡する方が早いと思うが、何か事情があるのか?」
「あ、うん。なんか携帯が壊れ…えーっと持ってないらしくって」


私の言葉に、柳の動きがピタリと止まった。
じっと私を見てくる彼の視線が気まずくて、目が合わせられない。

そうだ、この人たちはテニス部だ。
仁王の状況を知らないはずがない。


「みょうじさん、つかぬことを聞くが…」
「ま、待って柳くん!」


立ち上がって大声を出したせいで、となりのギャルっぽい女子高生たちに見られた。

いけない、とりあえず落ち着かなければ。


「あの…たぶん推測は合ってるんだけど…そこらへんを突っ込まないでもらえると大変ありがたい…!」
「それは無理な相談だ。あいつに関するデータは希少なのでな。確実に取らねばならない」
「くっ…!」
「なるほど。ようやく繋がった」


柳くんの悟ったような一言に、思わず机に伏す。
そんな私を慮ってか、丸井くんがもう一枚残っていたパンケーキを少しだけ分けてくれた。心境的にはそれどころではないが、ありがたく頂くことにする。


「丸井。去年の夏頃に部内で、仁王に彼女がいるのではないかという説が浮上したな」
「おーあったな。ほら、みょうじにも前話しただろぃ」
「あれは、みょうじさんのことでまず間違いないようだ」
「へーみょうじが仁王の……え?は?」


えええ?!とパンケーキの最後の一口を口に入れようとしていた丸井くんの手が止まる。


「は?!マジ?!やっぱそーだったのかよ!」
「そうだな?みょうじさん」
「…その相手がわたしだという確証はないですけど…」
「ほう、つまり正式に彼女と呼べる間柄ではなかったと」
「お…おっしゃる通りで…」


墓穴を掘ってしまって頭を抱える。
柳くん、捜査官か何か?


「彼女じゃないって…何、そーゆーこと?!は?!仁王はともかく、お前そーゆータイプに見えねーじゃん!詐欺!」
「あの丸井くん、とりあえず落ち着いて…」
「これが落ち着いてられるかよ!」
「ご、ごめんなさい」


なんで私、丸井くんに謝ってるんだ??
丸井くんとは対照的に、柳くんは冷静に話を続ける。


「ここから先は単なる好奇心なのだが」
「はい」
「みょうじさんは、仁王に電話で何を伝えるつもりなんだ?」


答えたくなければ良い、と柳くんは付け加える。
そうは言っても、頼み事をする相手にこんなにも真正面から聞かれてしまっては、答えざるを得ない。


「そのー、自分の気持ちがようやくわかったので、決意表明と言いますか…」
「決意表明?」
「そういえば仁王に自分の気持ち伝えたことないなって思って。また向こうに行っちゃったんならもう戻ってこないのかもしれないけど…」
「なるほど」
「あと単純に…その、仁王の声が聴きたくて」


ぼそりと呟いたつもりだったが、しっかり二人に聞こえていたらしい。


「…おいやめろよ、ちょっとドキッとしたわ」
「右に同じく」


丸井くんは照れを隠すようにコーラをストローで啜る。


「しかしみょうじさんは見た目に反して、案外行動力があるようだな。というより…思い立ったら即行動タイプと言ったほうが近そうだ。気がついたらフランス行きの航空券を手にしていそうだが」
「あーちょっとわかる。それも片道の」
「そ、そんなことしないよ…」
「お年玉の貯金がもっとあったら行ってたかも、と考えた確率92%」
「柳くんてそんなのもわかるの…」


うなだれる様子の私を尻目に、ついに柳くんがノートを閉じた。


「二人の間に何があったかは知らないが、諸々はっきりさせない仁王にもかなり非はあると見た」
「ま、最後の公式団体戦もフラッと参加してフラッといなくなるような奴だしな!」
「ふむ…みょうじさん、君にフランス語を教えると言ったが、前言を撤回しよう」
「ええ?!」


突然の展開に声が裏返る。
ブレンドコーヒーのカップを持ち上げて、柳くんは一呼吸おいてから呟いた。


「俺にひとつ考えがある」


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