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待ち合わせをしている、立海の最寄り駅近くのカフェに入る。既に到着していた滝澤くんは、私を見つけて「こっち」と手を挙げた。
急にごめん、と謝ると、滝澤くんは首を横に振った。


「この間は、勝手に帰ってごめんなさい」
「いやいいよ。体調は大丈夫か?」
「うん…心配してくれてありがとう。急に呼んでごめんね」


滝澤くんがコーラのストローを一周回して、氷がカランと音を立てる。


「私、滝澤くんに伝えないといけないことがある。私と、別れてください」
「あー…とうとう言われちゃったな」


滝澤くんの悲しそうな表情に、罪悪感が押し寄せる。けれど私が罪悪感を感じちゃいけない。


「なんとなく、みょうじが俺のことそんなに好きじゃないのはわかってた」
「ごめん…」
「いや。俺もずっと気づかないフリしてたから。…一個、聞いてもいい?みょうじは、仁王のことが好きなの?」


核心をつかれてハッとする。
一拍遅れて頷くと、滝澤くんは「ホント正直だなあ」と笑った。


「試合前、仁王が一回こっち見たろ。そのあたりから様子がおかしくなったからさ。何となくそうかなって」
「…ごめん」
「謝んないでよ」


でも友達にはもう戻れない。滝澤くんはそう言って立ち上がる。


「みょうじはさ、変に物分かりが良すぎるんだ。一歩先を見て動く癖がついちゃってるっていうか。それってすごいことだけど、その場の感情でぶつかってきてくれるほうが嬉しいこともあるよ」


あ、説教したいわけじゃなくて…と滝澤くんは続ける。


「怖がらなくて良いと思うんだ。みょうじが言いたいことを言っても、嫌な気持ちになる奴はいないよ。俺は正直な君が好きだったから」


思ってもみない言葉に涙が出た。
静かに泣く私を見て、滝澤くんが苦笑いする。


「ずるいなー、みょうじは」


本当にその通りだ。
頭は悪いしずるいし、嫌になる。






夏休みが明けて、9月になった。

滝澤くんがフラれたらしいという話は瞬く間に広まっていて、サッカー部の他の男の子たちからは好奇の目で見られたり、嫌な顔をされたりした。
自業自得なので仕方がない。


「なまえ、お昼いこー」


友人たちに声をかけられて席を立ったとき、教室の入り口で「みょうじさん」と誰かに声をかけられた。
見ると、扉のところに柳生くんが立っている。

柳生くんとは、高1のときに同じクラスだった。一度席が近くなったことがあり、時折話していた。


「ああすみません、食堂に行かれるのでしたら出直しましょう」
「あ、いや、大丈夫!みんな先行っててー」


柳生くんは、お気遣いすみませんと笑うと、場所を変えましょうか、と言って歩き出した。


図書室の近く、一部デッドスペースになっている部分がある。ここを選ぶのはいかにも柳生くんらしい。


「お久しぶりです、みょうじさん。突然失礼いたしました」
「1年のとき以来だよね!最近丸井くんとも結構喋るから、テニス部祭り到来かも」
「おやそうなのですか。丸井くんは自由気ままな性格ですが、ぜひ仲良くしてあげてください」


丸井くんの親御さんかな?


「それで今日お呼びだてしたのは、仁王くんから伝言をことづかっておりまして」
「仁王…から?」


自分の顔が曇るのを感じる。
柳生くんは一呼吸おいて、眼鏡を中指で押し上げた。


「条件をまだ教えてもらっていない、と。もう間に合わなければ忘れてほしい。それだけ伝えてくれと」


言葉を失った。
私も馬鹿だけど、仁王も馬鹿だ。こんなことを柳生くんに頼むなんて。


「そんなの言い逃げじゃん!ずるい!」
「事情はよくわかりませんが…お互い大変ですね。私も何度彼に振り回されたことか…」


柳生くんは深くため息をついて苦笑いした。

本当にずるい。そう思ってしまう。
けれど逃げていたのは私なのだ。あれこれ文句を言う資格が無いことはわかってる。


「柳生くん、仁王と連絡がつながる手段、何か知ってますか?」
「彼、前まで持っていた携帯が壊れてしまったようなのですよ。それで今はアパートの電話番号しか私は知らないのですが…」
「その番号、教えてもらってもいい?」


柳生くんが何かを言おうとして、口をつぐむ。
直後に薄く笑った顔は、仁王に少しだけ似ていた。


「彼は今フランスにいます。最初はアパートの管理人が出るでしょう。それでもよろしければ」
「ありがとう」


そうして柳生くんから番号を教えてもらい、お礼を言ってその場を離れた。

携帯の電話マークを押して、番号を打ち込む。迷う暇もなく、発信ボタンを押していた。

電話は、つながりはしたものの誰かが出ることはなかった。
よくよく考えてみればフランスと日本には7時間の時差があり、今日本が正午ということは向こうは朝の5時だ。そりゃあ出ないに決まっている。






「みょうじーお前どういうことだよ。人の恋愛に口出すのもアレだけどさ」


お昼休みがもうすぐ終わろうとしていた頃、自分の席で携帯とにらめっこしていた私に丸井くんが話しかけてきた。


「滝澤とお前が付き合ってるらしいって聞いてからまだ1ヶ月くらいなんだけど!」
「その件につきましてはお騒がせいたしました…」
「…ま、色々と気になるけど、人の恋路にあんま首突っ込みすぎてもな」


丸井くんは、席について鞄からお菓子を取り出すと、ひとつ私に差し出した。
受け取ってから、そういえば結局お昼を食べ損ねたなと気がつく。今日はこれをお昼にしよう。


「そういえば丸井くん、前電話で言ってたBBQはどうだった?」
「あー何か、男だけでやろーぜって言ったら却下されてさ。結局一人が他校の女の子連れてきて、何のイベサー?みたいになった」


写真を見せてもらうと、確かにどこぞのキラキラ陽キャサークルといったような感じだった。
丸井くんは明らかに女の子よりお肉に夢中で、それを指摘すると「なんか狙われてんのがわかると萎えんだよ」と返ってきた。モテることにすっかり慣れてしまった彼を勝手に哀れむ。


「それよかお前さ、今日の放課後空いてねえ?パンケーキ屋にジャッカルと行く予定だったんだけど、ジャッカルがだめになっちまって」
「私?他の男の子誘えばいいのに」
「ジャッカル以外誰も俺とパンケーキ食ってくれねーもん。そうなったらもう女子に頼むしかないだろぃ」


そこまでして行きたいのか。どんな執念だ。
そして丸井くんが私に話しかけてくれる理由がわかった。きっと、恋愛的な好意をまったく感じないからだろう。

でも丸井くんには申し訳ないが、今日は仁王に電話するというミッションがある。


「ごめん私、今日はだめで」


さっきは考えなしに発信したが、柳生くんは最初にアパートの管理人が出るだろうと言っていた。
ということは、ジェスチャーなど使えない状況下で会話をしなければいけないということだ。一言目に何を喋るか、ある程度考えておかねばならない。

立海には、第二外国語の授業を選択できるシステムがある。
フランス語の授業も一応あるにはある。誰かその授業を取っていて、かつ私に教えてくれそうな人を見つけられたら一番良いのだが。


「じゃあ明日は?」
「あー明日は、今日の結果次第というか…」
「いやお前何と戦ってんの?」
「ね、丸井くんの知り合いにさ、第二外国語でフランス語取ってる人とかいない?」
「はあ?何だよ急に」


いるわけないか。英語もギリギリの丸井くんだもん。
類は友を呼ぶと言うし。


「ううん、やっぱいいや。そんな楽すべきじゃないってことだよね…自分で頑張るしかないか」
「フランス語つったら、たしか柳が取ってたと思うけど」
「え?!知り合いいるの?!」


本当に?!と声を荒げると、丸井くんがめちゃくちゃ引いていた。
これは普段滅多に見られない丸井くんだ。


「柳くんって、テニス部の?もし良かったら紹介してもらえないかな?放課後、少しだけでいいの!」
「別にいいけど、なんで急にフランス語なんだよ?」
「な、なんでと言われると…まあちょっと勉強したいなと思ったというか…。じ、時代はグローバルだからさ」


ごにょごにょと口籠もっていると、しばらく考えていた丸井くんがぽんっと膝を打った。
何か閃いたという顔に、ちょっとだけ嫌な予感がする。


「いーこと思いついたぜぃ!一石二鳥ってこーゆーことだよなぁ」


俺って天才的ぃ!とウィンクする丸井くんを、私はただ呆然と見つめるしかなかった。

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