09


年が明けても、私は変わらず周りの友人たちと適当に遊ぶ日々。友人は内部進学組の子たちばかりなので、気が楽だ。

携帯をいちいち気にするのが嫌で、楽になりたくてすべての通知を切ってみた。友人からはレスが遅いと怒られるが、急ぎのときは電話が来るし、特に物凄く困るということはない。

私のレスが遅くなったからか、仁王からの連絡頻度も徐々に減ってきていた。




仁王がいなくなってしまってから半年経ち、私は高3になった。

気がつけば、仁王からの連絡はぱったりと途絶えていた。


3年にもなると文理でクラスが分かれ、その中でさらに内部進学クラスと外部受験クラスで分かれるようになる。
文系の内部進学クラスは、学年の中でもかなり自由でおおらかなクラスである。


「お、みょうじ!昨日発売の31巻読んだか?展開やばすぎだろぃ!」


どの授業のメンバーも似たような顔ぶれになるが、中でもテニス部の丸井くんとは、ほとんどの選択科目がかぶっている。席もだいたい近い。

丸井くんとは中3以来、同じクラスになるのは二度目だ。
と言っても今までほとんど話したことがないので新鮮だったけれど、やっぱり明るくてイケメンで、これまで散々浮き名を流してきたというのも納得の人物だ。
高3にもなると、新しく人と関係を築こうなどと思わなくなるのが普通だろうに、彼はそのあたりを億劫がることのない性格のようだった。
喋りたい人と喋りたいときに喋る。そんな空気感が、結構私には心地よい。


「あ、みょうじわりー、世界史の教科書見して」
「えーまた忘れたの?」
「わりーって」
「え、もしかして家で勉強してるの?丸井くん」
「や、俺だって勉強くらいすんだけど」


丸井くんは結構な頻度で教科書やらノートやらを忘れる。毎度誰かに頼むのが面倒という理由で、いつも私が声をかけられていた。


「お前って良い奴だよなあ。あんま目立つタイプじゃねーけど、滝澤も見る目あるよな」
「…なんでそれ知ってるの」
「なんでって、まあまあ有名だろぃ」


勝手に色々と書き込むものだから、私の教科書はいつも、左側は真っ白なのに右側だけごちゃついている。


「あいつ割とイケメンだし、女子に人気じゃん。なんでフッたんだよ」
「なんでと言われましても…」
「あ、もしかしてみょうじって仁王と付き合ってたりした?」


さらりと言い放たれた言葉に、思わずシャーペンを落としそうになる。


「な、なんで仁王?」
「いやー去年の夏ぐらいだったか、仁王が屋上に行くっつった後に、みょうじが階段登っていくのが見えたからさ。や、そんだけなんだけど、何か珍しかったから」


丸井くんは「まーんなわけねーか」と教科書に向き直した。


「お前と仁王って接点なさそうだし」
「そーだよ」
「なんだよー、結局仁王の彼女はわかんねえままか」


丸井くんは頬杖をついて、つまらなさそうにため息を漏らす。
うわ、何その話。私聞いたら死ぬんじゃないか。そう思うのに追及をやめられないのは、悲しい人間のさがだ。


「誰かと付き合ってたの?」
「あいつは絶対口割らねえけど、そうに違いないって俺らの間ではなってた。仁王のやつ、全国決勝の日に女とヤッてんの!フツーんなことになるか?やばくねえ?」


……よかった。違う女の子の話ではなかったことに、ひっそりと安堵する。


「…仁王くんって、ヤリチンって噂、一時期あったよね」
「あー懐かし、あったわ。高1くらい?」


思い出せばあの時は、気が気じゃなかったんだった。気にしないように必死だったけれど。


「でもあいつってさ、面倒なこと絶対しねえんだよ。人を見る目もあるし。だから噂みたいにとっかえひっかえとか、そーいうだるいことはしないんじゃねって俺は思うけど」


いやでも、絶対女はいたと思うんだよなー!と丸井くんは頭の後ろで手を組む。


「もう立海には戻ってこないのかな」
「どうだろうな。あいつ何考えてるわかんねえからなー」
「あはは、ずっと同じ部活の丸井くんでも?」
「俺なんかもうずーっとわかんねえ」


最初から今まで、と丸井くんは笑った。


「でもまあ、中3の冬くらいにも一度世界旅行かなんかフラッと行って帰ってきたし。またそのうち戻ってくんだろ」


比呂士あたりは振り回されて大変そーだけどな、と丸井くんは苦笑いした。

ほんと、振り回されるほうの身にもなってほしいものだ。
頬杖をついて、気づかれないようにため息をつく。春の空は腹が立つほどに清々しかった。




内部進学組にも、10月に内部試験というものがあり、それに合格しないことには大学部へはいけない。そんなに難しいものではないが簡単なわけでもないので、みんなそこそこ勉強する。

丸井くんなんかは、部活を頑張ってきてその分勉強をないがしろにしていた運動部の見本みたいな人だ。なんだか可哀想で色々と教えたりしていたら、この1ヶ月で結構仲良くなった。


「なまえ、最近丸井くんと仲良くない?」


お昼どきの食堂で、定食の唐揚げを頬張る私に友人たちがニヤニヤしながら聞いてきた。
ずっと前からランチの時間をともにしているグループ4人組とは、高3になってクラスが分かれても変わらずお昼を一緒に過ごしている。


「丸井くんって今またフリーなんでしょ?これいけるわ、がんばれよっ?!」
「そーいやなまえってめっちゃ前にさ、丸井くん好き説なかった?」


咀嚼した唐揚げを飲み込んで、んーと視線を宙にやる。


「だっけ?」
「本人忘れてるじゃん」
「なんだガセか」
「あれって、そうかも?!ってうちらが勝手に盛り上がっただけじゃなかったっけ」
「そーだっけ?」


だいたい、誰々が丸井くんを好きらしい、幸村くんを好きらしい、なんて話はもう聞き飽きている。


「まーそれよりなまえの場合はさー、あの人だよね」


友人が顎で示した方向を見ると、3年のサッカー部の集団がぞろぞろと歩いていた。

前方にいた人たちが私を見つけ、冷やかしながら滝澤くんの名前を呼ぶ。当の滝澤くんはもはや照れる素振りもなく、よ!と手を振って私に挨拶した。
つられて、こちらも手をひらひら振る。


「やー滝澤も諦めないよねー。マジ健気。けっこーモテるのに。こんなに脈無いのに」
「てかなまえってほんとに何も無いの?彼氏は?」
「いないですけど?彼氏持ちのお嬢様方、嫌味でしょうかあ」


わざと皮肉っぽく言うと、グループの中の一人であるえりちゃんが明るく「あっあたし別れたぁ」と言い放つ。
は?!とみんなが驚き、話題はえりちゃんの元彼の話に移っていく。

そんな時、みょうじ!と名前を呼ばれた。視線を上げると、さっき行ってしまったはずの滝澤くんがいる。


「滝澤くん、どうかした?」
「あのさ…みょうじ、今週末の土曜空いてない?」


えりちゃんがヒェ、と声を出したのが聞こえた。
空いてるけど、と答えると、滝澤くんは江ノ島水族館のチケットを2枚ポケットから取り出して見せた。


「デートしてくれないかな?」


しばらく沈黙が流れた。
友人たちは、私と滝澤くんの顔を交互に見ている。


「いいよ、水族館なら」


まじ?!という友人たちと滝澤くんの声が重なって、食堂に響き渡った。
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