「ではははは!すまんな皆の者、白石蔵ノ介は私がお持ち帰る!」
馬鹿正直に、こんなゴミデーモン閣下みたいな宣言をしたせいで、女の子たちはむしろみんな安堵したようだった。
うんよろしくね。なまえのその感じなら大丈夫。まあね、白石男だしいざとなったら逃げれるでしょう、って。いや失礼すぎない??
「何マジ寝してんだよこいつは〜寝顔可愛いじゃんかよ〜」
タクシーから白石を引き摺り下ろし、肩を貸しながらずりずりと自分のマンションの前までやって来た。重い、さすがにわたしだけで大の男一人を運ぶのはしんどすぎた。まだ電車も動いている時間だというのにタクシーを使うなんて…いやでも仕方ない、これは有事の際の必要経費なのだ。
部屋まで引きずり、ベッドにごろんと転がす。
いつも完璧が売りなはずの白石蔵ノ介をまんまと持ち帰ることに成功したわたし。タクシー乗車直前に謙也が、「お前薬でも盛ったんか」と耳打ちしてきたのでグーパンしておいた。
「白石、白石ー」
「んー」
「スーツ皺になっちゃうよー」
そう声を掛けるも、白石は寝返りを打って再びスヤァと夢の世界へと旅立つ。
仕方ない、とスーツに手を掛けた。
「やばい、心臓痛」
無駄に独りごちてしまうのも無理はない。何せわたしはいま、あの白石蔵ノ介の衣服を脱がしているのだから。
苦労しながらも無事パンツ以外を脱がし終え、まじまじと見つめる。
あれ?は、嘘でしょ。
わたしの目は、白石の白石に釘付けである。いつからわたしは痴女になってしまったのだろうか。いや、高校生くらいからもうフツーに彼とのめくるめくあれこれを妄想したりなんだりしていたんだった。別に昔からそういう人間なのでした。
「白石起きろ〜〜!ゆゆしき事態だよ!!起きて!ねえ!!」
「んー何や…ねん…」
「ちょっと見て、わたしの勘違いだったらアレだしとりあえず自分で確認してみて!ねえ!」
「うるさいねんみょうじ…」
「わっ!」
白石に抱きつかれ、そのままベッドに引き込まれた。固まっていると、ぎゅう、と一層その力が強くなる。
さ、酒ってとんでもねえ…!大人バンザイ!
また寝入ろうとする半裸の彼の胸板をバンバン叩いていたら、さすがの彼も嫌々目を開けた。
「何なん…」
「ねえ、いまわたし夢見てるのかな」
「そやなあ、夢の中なんかもな」
「でもね、夢にしては感触がリアルなの。主にあなたの、あのー……下半身の」
「……そこはツッコまんといてや」
「え、ねえやっぱりそうだよね?何で、ついさっきまで寝てたのに」
しつこく問い続けると、白石はわたしを反転させて後ろから抱きついてきた。
何これ可愛い。だけどこの体勢になると余計に気になってしまう。
「手ぇ繋いだときから」
「え?」
「掘りごたつの下で…そんときからこうやねん、すまん」
そう言ってうなじにキスしてくるので、わたしはくすぐったさから身を捩る。
白石は完全にスイッチが入ったようで、起き上がってわたしを組み敷いた。
「ま、待ってわたしもスーツ脱がないと」
「暴れんとき。脱がせたるって…」
えーっ!白石の手付きがエロい。
首やら頬やら、色んなとこにキスしながら着々と脱がせていく。
「……エロ河童だ!」
「ハハ、何やそれ」
ここで好きとか言ってみたらどうなるのかな。ありがとう、とか少しでも曖昧な返しをされようものなら死んでしまう。
億が一にも付き合えたとして、わたしは東京、彼は大阪勤務なのだ。遠距離恋愛なんてものは、すぐにだめになる。そうなったら本当におしまいだ。
そんなことになるくらいなら、一度きりのセックスで良い。
夢にまで見た白石とのキスは、いやにあっさりとしていた。というより、緊張しすぎて私のセンサーがいろいろ馬鹿になっているだけなのかもしれない。
ディープキスは本命としかしない主義なのだろうか。それでも彼の前戯はいやに丁寧で、自分も何かお返しをせねばと思えてくる。
「ねえ、舐めてもいい?」
途中でストップをかけてこう申し出ると、白石は少し驚きながらも頷いた。
正直わたしのテクニックは大したもんではないし、そもそもこの口淫という行為自体、普段はあまり好きではないのだけれど、白石のならば話は別である。
本当ずっとこいつに溺れてるんだよなあ、わたしは。
どうせ報われないのになあ、とセンチメンタルになりかけていたら、今度は白石がストップをかける。どうしたの、と顔を上げると、彼は苦笑いでこう呟いた。
「無理せんでええねんで」
「でも、」
わたしがそうしたいのに。センチメンタルになりすぎて、嫌々やっていると思われたみたい。
なにか言う前に白石に口を塞がれ、結局その後は彼が果てるまでキスの嵐が続いた。
終わった後、白石はしばらくわたしの頭をゆっくりとした手つきで撫でてくれていた。
どこまでも出来た男だ。さすがわたしが長年片想いしていただけのことはある。だけどこの場合は嬉しい反面、他の女の子にもこうやっているんだと思ったら、なんだか死にたくなった。
「男性 本命にしかしないこと」で検索したら出てくるような項目をさっきからどんどん達成していくけれど、それは彼が白石だからだ。どこにもカテゴリされない、稀少な完璧人間。
検索して出てくるレベルの一般常識や固定観念みたいなものは、彼には全く適用されない。それに気がついたのはいつだっただろう。たまに変なとこで抜けているところさえも、彼は完璧なのだ。
白石がわたしの頭を撫でたまま、顔を覗き込む。
「どないしてん、さっきから。具合悪い?」
「え、ううん!ちょっと考え事してた。あ、それより、」
わたし舐めるの下手でごめんね。そう言おうとしたけれど辞めた。自虐したいわけではないし、白石に「そんなことなかったで」と言わせてしまうだけ。
やっぱ何でもない、と続けると、白石は苦笑いした。
「……みょうじ、後悔してるんやろ」
「してないよ」
「関係崩れたらどないしよて思っとる?」
「それはまあ……思ってる」
「ひとつ言うてもええ?」
嫌だ、聞きたくない。
ああそうだ、彼はこういうときに曖昧にしておくような男性ではないのだった。相手の気持ちをいち早く察して、相手のためを思って常に行動できる奴だ。
ただ今はいっそ曖昧しておいてほしい。そう思った。ベタだけど、今夜だけはというやつ。
「俺は……」
「あーあーあー聞こえない聞こえない!」
「みょうじ、聞いてや」
「嫌だよーーー!どうして夢見させてくれないの」
もうやけくそだ。白石の腕の中で反転し背を向けると、彼が後ろでクスッと笑うのが聞こえた。
「何わろてんねん……」
「なんや急に、エセ関西弁」
「うっさいねんボケェ…」
「ハァ、なんや安心したら疲れてきた」
「何よ安心って」
「だってさっきの聞く限り、みょうじは俺のこと好きってことやん」
「直球すぎムカつく」
「…みょうじなまえさんが勘違いしているようなので言うておきますが、俺、好きな子としかこういうことはせえへん主義です」
えっ、と素っ頓狂な声が出たが、簡単に信じることが出来なくて背を向けたまま縮こまっていた。
白石は、いとも簡単に私の身体を白石のほうに向かせる。窪んだ鎖骨に少しだけ汗が溜まっていて、官能的すぎてどうにかなりそうだ。
「みょうじが出来心で俺を受け入れてくれたんかなって思っとったんやけど、違うみたいで良かったわ」
「…信じないぞ。こんな良い男がわたしを好きなわけないじゃない」
「なんでや」
そう言って笑う白石はやっぱり死ぬほどカッコよくて、嘘でも本当でも良いや、と思った。白石蔵ノ介の一時の気の迷いでも、なんでもいいです。ここまで来たら、どっちみちもう引き返せそうにないので。
「俺と付き合うてや、みょうじ」
だってこんなのあらがえないよ。
「……な、名古屋の」
「うん?」
「名古屋のデートスポット、知らないや」
精一杯の照れ隠しもバレているようで、彼の小さな笑いが再び聞こえた。
「何で名古屋?」
「わたしたち、東京と大阪でしょ。名古屋が中間地点だから」
「ああ、そういうこと」
そういうことなら問題無しや。白石は不敵な笑みを浮かべる。
「俺、来月から東京本社やねん」
「え、嘘」
「ホンマ。なんなら、一緒に住もか」
「……やだよ、家でも猫かぶりつづけないといけなくなるじゃん」
「みょうじが猫かぶってた印象なんて無いねんけどな」
かぶってたよ。ずーっとね。
耐えきれず目に涙を溜めるわたしに、白石は微笑んでキスをひとつ落とす。
「……あかん、その顔」
「な、に」
「そんな可愛い顔されたら、もう一回したなってまうやん」
「……して。何回でもしてよ。白石の気が済むまで」
「あー…みょうじは、そうやってすぐ俺を煽る」
「白石、……して?」
今度は深いキスだった。
どこまでも完璧な白石をちょっと崩せたと思ったのは、これが初めてだった。
[ 6/12 ][*prev] [next#]
[しおりを挟む]