08

そこは古めかしくも丁寧に手入れが行き届いたカフェだった。
遥とたまに来る場所で、駅からは少し距離があるので、立海生とエンカウントする確率は駅前の店より格段に低い。
たまに勉強道具を広げている立海の高3生が見受けられる程度だから、込み入った話をするには持ってこいである。


若い男性客はあまり見ないからさすがの幸村くんも認知してないか、なんて思い込んでいたが、彼は席に着くや否や、メニューも見ずに「俺はもう決まってるから」なんて言ってきた。
この人本当、何者なんだ。

すみません、と店員を呼ぶ声はやけに透き通っていて店内に無駄に響いた、ような気がした。

「アールグレイティーとココアをひとつずつ」
「かしこまりました。紅茶にお砂糖とミルクは?」
「いえ、どっちもいりません」
「少々お待ち下さい」

アールグレイって幸村くんのイメージぴったりだ。ていうかストレートなんだ。大人だなー!
ココアなんて子供じみたものを頼んでしまったのがちょっと恥ずかしい。

「幸村くんはここにはよく来るの?」
「よくってほどじゃないけど、何度か来たことがあるよ。柳生に教えてもらったんだ」
「ほー…」

ほー、なんて我ながら何とも間抜けな返答であるが、柳生くんが常連だという事実を受け止めるのに忙しかったのだから仕方がない。
幸村くんは頬杖をついて微笑んだ。


私は今から、こんな洒落たカフェであの幸村精市と恋バナするのだろうか。

そもそもどうして幸村くんは私をカフェなんかに誘ったのだろう。
電話やメールじゃだめなくらい切迫しているのかな。あるいは、俺の秘密を知ったからにはわかってるよね?なんていう牽制をするためなのかもしれない。

何にしても、こんな現場を同級生の女の子に見られたらもはや死ぬしかない。
ああそういえば彼は、一個下の女の子たちにも人気があるんだっけ…とぐるぐる考えを巡らせていたら、幸村くんが頬杖をついたまま楽しそうに笑った。

「みょうじさんって面白いよね」
「え、そ、そうかな」
「うん、見てて飽きないよ」

王子が私を見て笑ってくださっている。光栄だが、「飽きない」というところから私の女子力の無さが窺える。
やや複雑なので適当に笑っておいた。

「それで、幸村くん」
「うん?」
「こうやって誘ってくれたってことは、何か相談があるんでしょ?私に任せて!とにかく頑張るよ!あ、もちろん私の出来る範囲でだけど」

とっても上から目線で言ってしまったけど、今回ばかりは仕方ない。
なんたって幸村くんの想い人は私の親友なのであって、私が仲介者となることは大きな強みとなるはずなのだから!

「ああー、うーん、そうだなあ、逆にみょうじさんから何かアドバイスはある?」
「えっそうくる?」

さらっとそんなふうに言ってのけた幸村くんを尻目に私は考える。

正直幸村くんが告白したら誰でも少しは傾くと思うから、もう告白しちゃえば?って感じではある。

とはいえ、遥はなんだかんだ彼氏にゾッコンだから、今の状態では少し傾いたとしても(いや確実に傾きはする)、幸村くんに乗り換えたりはしないと思う。

「なんだか…そんなに真剣に考え込まれちゃうと申し訳なくなってきちゃったんだけど」
「いや、いいんだよ、人の恋バナ嫌いじゃないし!」
「友達のためにそこまで真剣になれる子はいいよね、好きだな」
「……え?!幸村くんやめな?!びっくりした、幸村くんてこわいね、末恐ろしいよ」
「フフ、ごめんごめん」

なんで私が振り回されなきゃならんのだ。イケメンこわすぎ。
男テニはタイプは違えど、こんな感じの人たちの集まりなんだろうなと冷静に考えてしまった。

「じゃあ、先に謝っておくんだけどね、みょうじさん」
「うん?」
「ごめんね、俺本当は伊波さんのことが好きなわけじゃないんだ」
「……ハ?」

カラン、とお冷やのグラスの氷が音を立てた。
眉毛を少しだけ下げた幸村くんは、申し訳なさそうに続ける。

「彼女のことを聞いたのは、俺の友達に彼女のことを気になってる奴がいるからで、その…俺じゃないんだ」

君が豪快に勘違いしてたのがちょっと面白くてさ、と苦笑する幸村くんに、心の中でオイオイオイと盛大に突っ込んだ。
同時に、彼との会話を思い出す。確かに今思えば、彼の口からハッキリ好きだのなんだのと聞いたわけじゃない…かもしれない。

どうリアクションを取るべきかわからずに、目の前に座る幸村くんを凝視していると、店員さんが注文した飲み物を持ってやって来た。

紅茶の良い香りが鼻孔をくすぐる。

「みょうじさん、ケーキは好き?」
「えっ、す、好きだけど…」
「すみません店員さん、彼女にこのケーキ各種盛り合わせをお願いします」
「ええっ、いやいやいいよ!」
「結果として騙してしまったわけだし、奢らせてよ」

幸村くんが店員さんにもう一度、お願いしますとにこやかに念を押すものだから、私は何も言えなくなってしまった。

申し訳ないなあと思ったのも束の間、やって来たケーキたちがものすごく美味しそうだったので、なんかもう何でもいいか!なんて思う私はあまりに単純すぎる。

「うわ〜美味しい〜!」
「そう?良かった」
「あっ、幸村くんも食べますか?どれがいい?」
「俺はいいよ、君を見てるだけで充分美味しさは伝わるし」
「いやいや食べて、チーズケーキとかめっちゃ美味しいんで!」

半ば無理矢理フォークを押し付けると、幸村くんはちょっと申し訳なさそうにじゃあ、と笑った。
ひとかけ口に運んで、うん美味しいね、と呟く幸村くんに、そうでしょう!と得意になる。

いや、何故私がドヤるのだ、これはそもそも幸村くんの奢りなのに。

「あっ何も考えずに私のフォーク渡しちゃった、ごめんね」
「ん?フォーク?」

言い終えてからしまった、と思った。
自分の使ったフォークで食べさせてしまってごめんなさいという意味だったんだけど、そんなこといちいち言うことでもないのかもしれない。

幸村くん相手だとどうも余計なことにまで頭を巡らせてしまいがちになるのは許してほしい。

だって、あの幸村精市だよ。

「ああなるほど、むしろ申し訳ないね」
「いや私は全然気にならないからいいんだけど」
「…そっか」

え、なんで今ちょっと間があったの?
微妙に違和感を覚えたがまあいいか、とケーキを食べ進める。
ていうかこの時間にケーキを食べてしまって、果たして私は夕飯を完食できるのか甚だ疑問である。

嘘です、完食できてしまうのが私という女でした。

「美味しかった〜ご馳走さまです!」
「うん、喜んでもらえてなにより。じゃあそろそろ出ようか、遅くなるのも良くないから」

幸村くんがスマートに伝票をレジに持って行き会計を済ませてしまったので、慌てて財布から千円札を取り出すと、幸村くんは爽やかに「ここは奢らせてよ」と笑った。

はい、かっこいい。
かっこいいけど、さすがにすべてを奢らせてしまって申し訳ない気持ちが再び出てきてしまう。
さらに幸村くんは、「送っていくよ」なんて言うものだから、私は慌てて首を横に振る。

「夏だしまだ明るいから平気だよ!」
「そう?」
「お気遣いどうも!ではお疲れさまでした!今日はありがとう!」
「うん、またね。楽しかったよ」


ほんとに楽しかったのだろうか。
幸村くんからしたら今日は、部活帰りにクラスも違う女にケーキを奢った日、ということになるけれど。

なんだか結局のところ、教科書の一件以来ずっと、彼に対して申し訳ない気持ちと畏れ多い気持ちばかり抱きまくっているような気がする。

そういえば朝練の時のお礼もまだだし、あっ待てよ、桑原くんにもまだだ。
クッキーがどうのとか言ってたっけ、市販のでいいかな…なんて考えつつ帰路についた。

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