07

「もう夏休みに入っちゃったね〜」
「うん、そうだね」
「男テニはもう調整に入ってるんだよね」
「試合が近いからね。っていうかみょうじさん、やっぱり普通に話そうよ」

そう言って振り向こうとすると、みょうじさんはダメ!と制した。
俺は困ってベンチに座って足を組み、みょうじさんはコートの外に散らばるボールをせっせと拾う、ふりをしている。実際にはボールはほとんど一点に集めてしまっていて、あとはそれをラケットに乗せて運んでしまうだけなのだが、みょうじさんはそれをしないでただしゃがんでいた。

テニス部は、男子と女子で基本的に練習コートを分けているが、たまに今日みたいに1面を女子が使う日もある。
そんなときは、話そうと思えば休憩時間に話すことができるのだが、みょうじさんはあくまでも普通に話そうとはせず、頑なに今のスタイルを貫いている。

「幸村くんの行動はただでさえ誤解を招きやすいんだから、そのままでいて。これなら勘違いされることもないから」
「うーん…?」
「どこで誰が見てるかわかんないんだからね」

一体何を誰に勘違いされるのが嫌なのか。もしかして俺と話しているということが周りに知られたくないのか、とも一瞬思ったが、夏休み前の彼女の言動から察するに、やっぱり彼女自身が勘違いをしているとしか思えない。
吉田のことを思って出た行動が思わぬ誤解を与えてしまったようだ。

「…うーんと、どこからどう話そうかなあ」
「そんでさ、私遥にとりあえず幸村くんのアドレス教えたんだ。せめて連絡くらい取り合えないとと思って」

やっぱりだ、彼女はやはり、俺が伊波さんのことを好きだと誤解してしまっているようだ。

「…みょうじさんはどうして俺を応援してくれるの?」

どうせ後から事実を伝えるならと、みょうじさんには悪いけれど少し様子を見てみることにした。
みょうじさんは一瞬俺を見上げて、また視線をボールに移す。

「どうしてって…幸村くんのそんなとこ初めて見たから」
「そんなとこって、片想いしてる姿ってことかな?」
「片想いというか、もう恋愛全般的に?失礼なこと言うと、最初幸村くんのことどうも自分と同じ人間に思えなくて」

頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。試合相手にならともかく、同級生の女の子にそんなこと思われていたなんて。

「あっ言い方悪かったよね!?違うの、敷居が高いなって思っていたというか」

彼女が焦って訂正をする。
その言葉になるほど、と妙に納得した。他の女の子にも似たようなことを言われたことはあった。

「やだな、俺も君もおんなじ高校2年生だよ」
「うん、幸村くんと関わるうちにね、思ったより普通かもって思うようになって。だけどね、まだどこか違和感があるなあって思ってたんだ、この間の放課後まではね」

みょうじさんによれば、俺が彼氏のいる子を好きになったということを知って、他の男友達とどこか似た面を垣間見たような気がしたという。

みょうじさんの男友達に、誰か似たような状況の人がいるのかい?と尋ねれば、みょうじさんは自信たっぷりに答えた。

「ううん、でもこないだ同じクラスの男子たちが、他の男のカノジョっていうのがまた男心をくすぐるんだよな〜!人妻的な!って話してるのを聞いちゃってさ。だから幸村くんもやっぱ男の子なんだなって!」

つまりは、世の男たちも彼女も単純なんだということを理解してしまった俺は、苦笑するしかなかった。

「それに、幸村くんは良い人だからね!応援したくなるのも当然だよ」
「…ありがとう」

みょうじさんの屈託の無い笑顔を見たら、誤解させてしまってごめんね、ちょっと意地悪しちゃったんだ、とはすぐには言い出せなくなってしまった。

もうすぐ休憩が終わる。
休憩が終わったら俺は柳とのラリーを再開して、みょうじさんはボール拾いを切り上げて女子のコートへと戻ることになる。

「みょうじさんさ、今日部活終わったあと暇かな?」
「えっ?まあ帰るだけだけど…どうして?」
「どこか寄っていかない?そうだな、新しく出来た駅前のカフェにでも」

仁王や丸井を筆頭にして、一部がこちらの様子を伺っているのが見えた。

みょうじさんは全く気づいていない。念には念をと強く主張していたのは彼女なのに、と少し笑えた。
視線を合わせずにこんな形で会話していたって、こんな微妙な距離感でいることがもう既におかしなことなんだというのに。

しばらくうーん、と考えたのちに、みょうじさんはいいよ、と呟いた。
休憩終わり!という錦部長の声が響いて、みんなが返事をする。

「新しくできたとこは希美が行こうかな〜とか言ってたから、駅からちょっと離れたカフェのほうが良いと思うんだけど。ちっちゃいけど美味しいとこなの」
「うん、いいよ。じゃあ楽しみにしてる」

みょうじさんはよいしょ、とボールを乗せたラケットを持って立ち上がった。
俺はというと振り返ろうとしてまた叱られたので、仕方なく背を向けたまま彼女に別れを告げてそのまま部長のもとへ歩き出した。

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