03

「あ、見て見てなまえ、幸村くんいる」
「ほんとだ、今日も共に拝み倒そう」

どんなに眠くても、朝ごはんを食べることと、この毎朝の日課は忘れない。
朝ごはんと並べるとちょっとバカみたいではあるが、その日課というのは、神の子を拝む、というものだ。

「えっ、あれ、なんか今目合ったような」

狼狽えると、遥がけらけらと笑う。

「いやいや、また?こないだのは偶然っしょ!そう何度も拝んでるところに来られても、」
「おはよう、みょうじさん」

フフ、なんで手を合わせてるの?とにこやかに尋ねてくるのは、紛れもなくあのお方。
ペコ、と遥にもお辞儀して颯爽と去って行った幸村くんの後ろ姿を見送りながら、遥が真顔で呟く。

「教科書って…すごいね」
「私も今そう思ってた…」
「それと遠くで見る分には良いけど、半径2メートル以内に来られると普通に困るね」
「それもちょっと思ってた…」

教科書入れ替わり事件(そんな大袈裟なもんじゃないのに女テニのみんながそう命名した)以来、幸村くんとは学校ですれ違うときには挨拶する仲になってしまった。

幸村くんは目が良いのか、つい今しがたのように比較的距離が離れていて、挨拶するには遠いから一方的に拝めるぞ!っていうときでさえ、幸村くんは目ざとく見つけてきて挨拶をしてくれる。


幸村くんとそんな仲になったことを、私のクラスの女友達が見逃すはずもなかった。やっぱ女子テニス部さすがだわあ、とか言われて遥が全力で否定していた。

しかし幸村くんと挨拶するようになったといっても、当然ながらそれ以外何かを話すこともなく、授業部活寄り道ごはん寝る、といういつものサイクルで私の毎日は進んでいった。


その基本のサイクルが崩れる時期というのがある。
試験期間は、忘れた頃にやってきた。


「あれっ今日朝練ないの?」

ガランとしたコートに鍵のかかった部室。
いつも私は来るのが遅いほうなので、一番乗りということは絶対に無い。
一応時計を確認してみたが、通常通りならば部長がコートで誰かと軽く打ち合っている時間だ。
ということはつまり、朝練自体が無いという結論に至る。

そういえば、昨日メーリスが回ってきてたけど眠くて見ないで寝ちゃったんだった、と今更ながら携帯を確認すると、「明日から試験1週間前だから部活ナシ!」という旨の連絡がバッチリ届いていた。

あ、一気にやる気が失せた。
よしじゃあ勉強しにいくか、なんて切り替えられるはずもない。
ラケットも持ってきてしまったし、なんだか今日はテニスがしたい気分だったのに。

すぐに教室に向かうのも癪なのでボールで遊んでいたら、男子部のコートのほうからボールを打つ音が聞こえてきた。
やっぱり男テニは試験期間とか関係なく朝練してんのかな、と聞き耳を立てるが、いつもの朝練より静かな気がする。

ちょっと様子見るくらい怒られないだろうと恐る恐るコートを覗くと、2面で4人が打ち合っているようだった。

幸村くんと真田くん、柳くんと丸井くんで打ち合っていて、桑原くんはベンチにいる。
いわゆる三強と呼ばれる3人は、試験でいつも上位だから試験期間とか関係なさそうだなと納得できる。桑原くんと丸井くんは…知らないけど。

それにしても、ただ打ち合っているだけでもわかるその技術力は、やはり王者立海と呼ばれているだけある。
女子は良くて全国初戦敗退くらいだ。ぶっちゃけ全国出てるだけすごいと思うのに、男テニのせいで霞み切ってしまっているのは、仕方がないけどちょっと悲しい。


「あれ、みょうじさん?」

不意に幸村くんがボールを打つ手を止めた。
しまった、さっさとこの場を離れるんだった、と私は後悔の念にかられる。

「おはよう、女子も今日は朝練無いんだろう?」
「おはよう!そうなんだけど、普通に来ちゃって途方に暮れてたところ」
「フフ、せっかく早起きしたのに残念だったね」

いいから、もういいから打ち合いを続けて欲しい。この時間が本当に申し訳ない。
隣のコートも丁度ラリーが途切れたのか、柳くんがボールを拾いがてら口を開いた。

「彼女は…女子テニス部のみょうじか」
「そう、最近仲良くなったんだ」

にこにこ、と笑みを浮かべる幸村くんに私はぎこちない笑顔で返す。データマンの柳くんはかろうじて私の存在を知っているかもしれないが、他の人たちは誰コイツ状態に違いない。

これ以上彼らの練習を妨害するわけにはいかない。早急にこの場を離れよう。

「あ〜じゃあ、えっと、自主練がんばってくださいね!」

そんな私なりの気遣いを、幸村くんは見事に棒に振る。

「あ、待って。せっかくだし、良かったら打って行きなよ」

彼のその言葉に、丸井くんが「幸村くんまじで?」と呟いた。

やばい、本当にめちゃくちゃいたたまれない。こんな鬼のように強い人たちの中に混ざれるわけないじゃないか。

「いや!?遠慮しとくよ、邪魔しちゃ悪いし!」
「こっちも1人余ってるんだ。もし良かったら暇そうなジャッカルの相手をしてあげてくれないかな?」
「えっ俺?」

指名された桑原くんは一瞬たじろぐも、すぐに「まあ、確かに暇だしな。相手してくれるっていうんならお願いするぜ」と言ってくれた。
何じゃこの人、果てしなく良い人すぎる。

「軽くラリーでもやろうぜ」
「うわーごめんね…でもありがとう」

居づらいとはいえテニスはしたかったので、お言葉に甘えて桑原くんに手合わせ願うことにした。

桑原くんは、初球から私にも程よい球を打ってくれる。

「え、桑原くんの球打ちやすー!さすがー!」
「みょうじ、だっけか?お前女テニのレギュラーか?」
「うん、一応ね!」
「俺のほうもラリーしやすいぜ」

手加減してもらっていたってお世辞だって、男テニレギュラーに褒められればそれなりに嬉しい。男子と、しかもレギュラーと打ち合えることなんてもう無いかもしれない。そう考えたらラッキーかも。

いやそれにしても、本当にマシーンかよってくらいに球が正確に返ってくる。すごーい、と感動しながら打ち返していたら、途中で丸井くんが良かったなジャッカル、と笑っていたけれど、良かったのは私のほうだ。

結局私は、幸村くんが「そろそろやめにしようか」と言うまで打っていた。



「みょうじさんお疲れ様。さすが上手だね」

言う人によっては嫌味とも取れる言葉も、幸村くんが言うとすんなりと入ってくるのはなんでだろう。

「いやいや、ほんとに桑原くんの球が良かったから」
「ありがとな、みょうじ」
「いえこちらこそ!おかげで練習になったし、今度お礼するね。あ、幸村くんにも」
「フフ、気を遣ってくれなくていいんだよ?」

幸村くんがそう言った直後に丸井くんがチラリ、とこちらに視線をよこしてきた。
見た目が見た目だし、いつもガムくちゃくちゃしてるし、友達何人かフラれてるし、正直丸井くんにはこわいイメージしかない。

「みょうじ、つったっけ」
「は、はい」
「ジャッカルへの礼はクッキーとかケーキとか、そーいうもんでシクヨロ」
「おいブン太、お前にやるとは言ってねえぞ」
「ジャッカルのものは俺のものだって。な、みょうじ?」

そう言って人懐っこそうに笑う丸井くんは、我が道タイプっぽいけど、悪い人という感じではなさそうだ。

「ちょっと丸井、みょうじさんを困らせちゃだめだろ」
「困らせてねえって。な?」
「うんまあ今のところは」
「あ、お前大人しそうな顔して意外とそういうタイプ?」

やっぱり丸井くんとは割と話しやすそう。
いや私は、と口を開くと、授業開始10分前の予鈴が鳴った。

「あ、やばい!今日日直なんだった!じゃあまたね!混ぜてくれてありがとう!」

今日日直にあたる自分の不運さを嘆きながら、私は教室へと急いだ。
| #novel_menu# |
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -