28

幸村くんの部屋の隣の、予備の部屋である208に入るや否や、幸村くんは電気をつけてすぐさま鍵をしめた。
扉の前で抱きしめられて、幸村くんの前髪が私の肩に落ちる。

「なまえ、大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だよ」
「ごめん、もう少し早く行けたら良かったんだけど…」
「ううん、来てくれてありがとう」

幸村くんの声がすぐ近くから聞こえる。
背中に手を回すと、幸村くんの腕の力が一層強まった。

「はあ……俺、情けないな。君が告白されるって聞いただけでも胸がざわついたのに、その上こんな…」
「…遥から聞いたの?」
「うん」

幸村くんは腕の力を解いて、私のおでこに自身のおでこをくっつけた。

「もうちょっと彼氏の余裕を持ちたいなとは思うんだけど…ごめん」
「ううん、むしろ嬉しいよ。幸村くんの嫉妬、なかなか無いし」
「そう?余裕そうに見せてるだけで、俺はいつも君の周りの奴に嫉妬してるよ」

そう言って、私のことを灼けつきそうな目で見つめる幸村くんは、いつになく可愛い。こんなことを言ったら怒られちゃうかもしれないけど。

自分から幸村くんにキスをすると、少しだけ幸村くんの体がビクッと動いた。
唇を離すと、幸村くんは熱を孕んだ目で私を見下ろしていた。

「なまえ……煽ってるの?」
「……うん」
「もう…君、そんなに悪い子だったっけ?」

もう一度唇が触れ合う。
幸村くんの手が私の後頭部に回った。

夢中でキスしているこの空間には、二人の息遣いだけが聴こえていた。

「幸村くん…」
「精市」
「え?」
「今は精市って呼んでよ」

そんなふうに熱っぽく言われたら、ノーとは言えない。
精市くん、と呟くと、彼は満足そうに微笑んで、再びキスを落とした。

「……まずいな、完全になまえにやられてるよね、俺」
「わたしだってゆき…せ、精市くんにやられてる」
「じゃあお互い様だね」

ずっと立っているのも、と思いベッドの前まで移動しようとすると、精市くんは「待って」と制した。

「そっちにはいかないで」
「なんで?」
「なんで…ってその……、今ベッドに行ったら、自制が効かないと思うから」

思いもよらない言葉に固まっていると、精市くんは困ったように笑った。

「俺のこと煽るくせにそういうところは気がつかないなんて、悪い子すぎるよ」
「違っ、だって昨日は…」
「昨日はまだ平気だったけど、今日は本当に自信がないよ」

そう言いながらも精市くんは、私に軽く口付ける。

「修学旅行、だもんね…」
「…うん。隣には吉田がいるし」
「じゃあまた今度、だね」
「……また今度なら、良いの?」

わざわざ聞いてくるところがあざとい。
何も言えないでいると、精市くんは「ごめんごめん」と笑った。

「もう一回キスしていいかな、なまえ」
「…さっきから何度もしてるよ、精市くん」
「フフ、そうだね。でも聞きたくなっちゃうんだ。そう聞いたときのなまえの表情、すっごく可愛いから」

精市くんはこうしていつも、こっちが照れてしまうようなことをストレートに伝えてくる。
いつもやられてばかりでは悔しい。

「じゃあ精市くん」
「何だい?」
「……キスしてもいい?」
「!」
「…ほんとだ。私も今の精市くんの顔、すっごく好き」

そう言って笑うと、精市くんはハァーと盛大にため息をついた。耳まで赤いところを見ると、作戦がうまくいったようだ。

「…なまえ?そんなこと言ってて良いのかい?」
「?なに?」
「俺に、向こうに連れてかれちゃうかもしれないよ」

対抗してか、精市くんは意地悪そうに笑う。
向こうというと、ベッドだ。

「……いいよ、別に」
「え」
「精市くんなら、いい」

やばい。
我ながらこの状況ですごく大胆なことを言った。

精市くんの顔が見られずに俯いていたら、次の瞬間に体がふわりと浮いた。

「わっ!精市くん、何…!」
「なまえがいけないんだよ」

悪い子は狼に食べられても文句言えないよね?

お姫様抱っこで連れて行かれ、ベッドの上にどさりと落とされる。
何かを言おうとする前に唇が塞がれた。

「ん……っ」

さっきよりも強引な深いキスに、頭がくらくらする。
唾液が飲み込めずに口の端から伝った。

「せ、いちく……」
「しっ、隣には他の人がいるんだから、大きい声は出しちゃだめだよ」
「っは……で、も……んっ……」

舌が絡まったり、上唇を甘噛みされたり。
何が起きているかはわからないけど、とにかく目の前の彼のことしか考えられないようなキス。

長いキスが終わって、肩で息をする私を見下ろす精市くんの目。
灼けつきそうなあの目が、私を捉えている。

「するよ?なまえ」
「……うん」
「本当に良いの?」
「うん、精市くんなら、良い」
「……わかった」

そう呟いて、幸村くんは着ていた上着を脱いだ。
あっという間に上半身裸の姿になる。

目のやり場に困って、視線を横に逸らした。

「…上、脱げる?」
「う、ん」

私も、着ていたシャツを脱ぐ。
その下のキャミソールも脱ぎ捨てると、上半身下着姿になった。

「精市くん?その…あんまり、じっくり見ないでもらえると…」
「……ああ、ごめん。綺麗すぎて、つい…」

はっとした表情を浮かべた精市くんは、私の背中に手を回す。下着のホックが取れて、纏うものは何もなくなった。

精市くんはそのまま、ゆっくりと私を後ろに押し倒す。

「可愛い、なまえ」

また口付けを落としてから、精市くんは恍惚の表情を浮かべて私を見つめた。

「……フフ、腕で隠してる」
「だって……精市くんがまじまじ見るから!」
「手どけてよ。俺に見せて?」

そう言いながらキスされたら、次第に私のガードも緩くなってくる。
いつのまにか手がどかされ、精市くんは胸元に唇を寄せた。

「どうしよう、精市くん…。今恥ずかしくて死んじゃいそう」
「どうして?こんなに綺麗なのに」

胸の膨らみにキスされて、小さく声が漏れ出た。
精市くんは私と両手を繋いだまま、膨らみを口に含む。

「んっ……」
「はあ、なまえ、好きだよ」

握られた手は、途中から恋人つなぎに変わる。
答える余裕など無い私は、与えられる快感にただ耐えるだけだった。

しばらく胸を弄られたのち、精市くんの手が下へ降りてきた。
スカートの下から太ももを撫でられて、くすぐったくて声が出た。

「くすぐったい?」
「うん……」

精市くんの指が下着に到達する。
クロッチ部分に下着の上から指を這わせた精市くんは、一瞬だけ驚いたような顔をした。

「なまえ……自分で気づいてる?」
「……え?」
「すごく濡れてるよ」

かぁっと顔に熱が集まって、思わず身を捩った。
精市くんは見たこともないくらい意地悪で官能的な顔をしている。

「音、聞こえる?」
「やだ……やだ精市くん、あっ…」
「まだ直接触ってないのに、ほら」

思わず手で顔を覆うと、すぐさま精市くんに剥がされる。

「だめだよ、顔を隠したら。すっごく可愛いのに」
「あ、ゆび動かさないで……」
「だめ、そのお願いは却下」

意地悪く笑う彼は、本当に今日の昼間と同じ人間なんだろうか。

恥ずかしくて仕方がなくて、瞼を閉じると生理的な涙が一筋流れた。
一度泣いたら止まらなくなって、目から涙が溢れる。自分でもわけがわからない。

そんな私を見た幸村くんが動きを止めた。

「なまえ…泣いてるの?」

いっぱいいっぱいで答えることができずに、はあ、と息を漏らす。
このまま何も言わないでいたら勘違いされちゃう、そう思って口を開こうとしたときだった。

私の携帯の着信音が部屋に鳴り響いた。

遥からだ。
幸村くんに出て良いよ、と促され、呼吸を整えて電話に出る。

「あ、……も、もしもし?」
『なまえー!邪魔してたらごめん、でもそろそろ戻ってこないとやばい!これ以上点呼ごまかせないよー!』

どうやらいつのまにか、点呼が始まっていたらしい。

「わかった…戻るから、うん、それじゃあ」

電話を切ると、しーんとした静寂があたりを包む。
幸村くんにも遥の声が聴こえたらしかった。

「……戻ろうか。服、着るの手伝うよ」

幸村くん自身も、先ほど脱ぎ捨てたシャツを拾って袖を通す。最後に私の頬の涙を指で拭って、か細い声で「ごめんね」と呟いた。

「怪しまれるといけないから、なまえが先に部屋を出て。俺は後から出るから」

幸村くんが謝ることは何もないのに。
それでも、タイミングを失った私は頷くことしかできない。

扉を開けて廊下を確認して、そっと部屋を出た。

最後にドアが閉まったとき、幸村くんがどんな顔をしていたかはよく見えなかった。
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