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「よし、このへんまで来れば平気かな。何もされてない?」
「うん、ありがとう幸村くん」
マップでいうと、少し中心地からは外れたところまで幸村くんと移動してきた。
比較的人の少ないエリアだ。
遥に連絡しないと、と呟くと、伊波さんのことは柳たちに任せてるから大丈夫だよ、と幸村くんは微笑んだ。
「幸村くん、さっき思いっきり目逸らしちゃって…ごめんね」
「いや、俺も相当気まずい顔してたよね。こっちこそごめん。まだ俺の目は見られない?」
幸村くんが私の顔を覗き込む。
それだけで昨夜のことがフラッシュバックして、かぁっと顔が熱くなった。
「まだだめみたいだね」
「ご、ごめんーー!」
「気持ちはわかるけど。…俺も、思い出さないわけじゃないし」
幸村くんがこほん、とひとつ咳払いをする。
あー…と何か言いたげに口を開いた。
「今日の夜、また会いたいなって思ってるんだけど…どうかな」
「うん、私も、です」
「良かった。じゃあ、就寝時間後に会おう。また吉田に出てってもらうのは可哀想だから…そうだな。隣が予備の部屋みたいだったから、そこで待ち合わせようか」
就寝時間後…?!
また遥にからかわれそうだけど、会いたいのは私も同じなのだ。
こくんと頷くと、幸村くんはにっこりと笑った。
2人して遥たちのところに戻ると、彼らは呑気にアイスクリームを食べていた。
「もう良いのか、精市」
「ああ。真田、柳お待たせ。伊波さんも待たせてすまない」
「いいえー」
遥は何か言いたげな目で私を見てくる。
それじゃあ、と解散してから、ものの1分で遥は根掘り葉掘り聞いてきた。
別にナンパから守ってくれただけ、と繰り返してなんとかその場を収めたが、遥は「今夜が楽しみだねえ」とニヤニヤしながら腕組んだ。
「なまえ、ほんっとーに大丈夫なのね?」
「大丈夫だってば」
「いいのね?準備万端なのね?」
「っていうか、遥が思ってるようなことは起きないから!…たぶん」
今日も今日とて、レポート提出という憂鬱な時間が夕食後にあった。
昨日で何となく勝手はわかったので、さっさと済ませて帰ろうとしたら、遥が目を潤ませながら私の服の裾を掴んできた。
仕方なく帰らずに待っててあげている私は、本当に優しい。
就寝時間後に会うことになりました、と遥に報告した途端、遥は騒ぐこともなく突然神妙な面持ちになり、「覚悟はできてるのね?」と先ほどのように何度も私に確認してきた。
覚悟?と尋ねると、下着は可愛いやつつけて行きなね…と呟いたので、そういうのじゃないから!と言い返したのが1時間ほど前の出来事だ。
遥のレポート用紙を覗くと、まだ半分くらいしか埋まっていないようだ。
この子…赤点も多いしほんとに大丈夫かな。
頬杖をついてぼんやり時計を眺めていると、後ろからポイっと紙が回ってきた。
なんだろう、と4つ折にされた紙を開く。
『みょうじさん、レポート終わった?
今からちょっと時間もらえませんか?』
紙が飛んできた方向を見渡すと、同じクラスの木内くんと目が合う。
どうやらこのメモは、彼がよこしてきたらしい。
「遥、遥」
「待って!もうすぐだからほんとに!」
「なんか…呼び出されたから行ってくるね」
「へ?誰に?」
遥がシャーペンを動かすのを止めて、私のほうを見る。
メモを見せると、ばっと木内くんに視線を送った。
「誰だっけ?」
「去年同じクラスだった人」
「は?マジ?そういうこと?」
「いやわかんない。とにかく行ってくる」
「え、気をつけてね。何かあったら連絡しな?」
「そんな大袈裟な…」
遥の好奇心旺盛な視線を受けながら、木内くんと時間差でホールを後にした。
「ごめんみょうじさん、突然呼び出して」
「ううん。木内くん久しぶりだね。どうしたの?」
広いホテル内の、屋内プールに程近いエリアにやってきた。
客室からはやや離れているので、立海生の人通りはない。
「その…みょうじさんってテニス部の幸村と付き合ってるんだよね」
「あ、うん…そうなんだ」
「そう、なのか…いつから付き合ってるの?」
「えーと、海原祭ぐらいからかな。それがどうかした?」
木内くんは頭をかいてから、意を決したようにこちらに向き直る。
「俺さ、去年からみょうじさんのこと、良いなと思ってて。だから、みょうじさんに彼氏ができたって知ってショックで…。こんなことなら、告白してすっぱり振られよう、って思ってさ」
予想だにしない告白に言葉を詰まらせていると、彼は眉を下げて笑った。
「ごめん!マジで俺の自己満足なんだけど。好きです!これだけ言いたくて」
「あ、ありがとう…。でも、ごめんなさい」
すっぱり断ると、木内くんは「うん、ありがとう」と笑った。
結果がわかっていても自分から告白出来る人はすごい、本当に強い人なんだろうなと素直に思う。
「あの…最後だけお願い聞いてもらえないかな?」
「うん、なに?」
「握手、してくれない?」
「握手……うん、いいよ」
はい、と手を差し出すと、彼の手がぎゅっと握られる。
次の瞬間、ぐいっと体が彼のほうへと引っ張られた。
「え、木内くん!」
「ごめん、最後にこれだけ!」
ハグ、されている。
どうしよう、それは許可していないし、正直嫌だ。
振り解こうにも、力が強くてびくともしない。
どうしよう……。そう思っていたときだった。
「……君、なまえに何しているの?」
背後から怒気を孕んだ声が聞こえた。
ひっと声を上げた木内くんの腕の力が緩まる。
「幸村……」
怒った様子の幸村くんが、木内くんを見ていた。
幸村くんにぐいっと手を引かれて、幸村くんの腕の中に収まる。
「彼女の許可は得たのかな?まさか無許可…なんてことないよね」
「ご、ごめん!幸村!みょうじさんもほんと…ごめん!!」
「行こう、なまえ」
「う、うん」
幸村くんは私の手を取り、その場を後にした。握られた手の力は、いつもよりずっと強い気がした。