02

一限と二限が終わり、とうとう昼休みになった。

現代文の授業中、汚したら怒られるかもと考えたら結局ほとんど教科書には触れることが出来なかった。
いやちょっと気にしすぎで私キモくない?幸村くんの教科書にもし感情があったなら、さぞかし私のことをキモいと思っただろう。

そして今私は、C組の扉の前にいる。

大変だ、緊張で汗かいてきた。
手もなんか震えてきた。

いやいやアイドルかって。
いやでももはやアイドルみたいものだし、とか、故意に借りパクしたと勘違いされた場合、学校中に噂が回るんかな、とか色んなことが頭をよぎる。

ほぼ毎朝、幸村くんの姿を見て拝んではいるものの、実際のところ彼がどんな人かはよく知らない。

「あ、あのー、幸村くんを呼んで頂いてもよろしいでしょうか…」

近くの男の子にボソボソと声をかけると、その子はこちらをチラリと見遣って、「え、幸村?」と答えた。
コイツ風情が幸村に用あるんかい、って思われたかな。うけるな。いやうけない。

「おーい幸村、お前に客」
「俺?」

案の定、その場にいたC組の女子たちにはめちゃくちゃチラ見された。
気まずい。気まずいし、この男の子にわざわざ小声で言ったのにそんな大声で呼ばれちゃ全部意味ないじゃないか。

「えーと、俺を呼んだのは君かな?」
「あ、はい、すみません」

すみませんてなんだ。

「あの…これをですね、返しに参りました」
「あ、現文の教科書!良かった、君が持っててくれていたんだね。ってことは、こっちは君のかな」

幸村くんが持っているのは紛れもなく、私のちょっと汚れた現代文の教科書である。
たいして使わないくせに薄汚れているのが不思議だし、逆に幸村くんのは使っているだろうにこんなに綺麗なのも不思議だ。

「はい、みょうじなまえさん」
「あ、ありがとう…ございます」

う、狼狽えるな私!

「みょうじさんはクラスどこなの?」
「Dです!」
「ああなるほどね、移動教室のときにでも入れ替わってしまったのかな」
「そうかも。えっと、私の粗相でこんなことに、失礼しました」
「フフ、そんなに畏まらなくていいよ。たしかみょうじさんは、女子テニス部だよね?」

えっ幸村くん知ってたの、と思わず俯いていた顔を上げる。
これ、女テニのみんなに言ったらすごいことになるんじゃなかろうか。

「あ、そうです!」
「中等部にはいなかったよね、高等部から入ってきたのかい?」
「はい。中学は地元の公立に行ってたんです。高校受験で立海に」

ささっと帰るつもりだったのに、なんで私普通に幸村精市と会話しちゃってるんだろうか。しかもこんな廊下で。

「えっと、つかぬことを聞いてもいいかな」
「?どうぞ何でも…?」
「みょうじさんは…南湘南小学校出身だったりしないかな」
「え、そうだよ!南湘南!」
「やっぱりそうか。俺もなんだよね。もしかしたらそうじゃないかなあと思ったんだ」
「えっ幸村くんもなの!?」

幸村くん、同じ小学校だったのか。どうして私は、こんなにもオーラのあるお方の存在を知らなかったのだろう。ボケッとしているにも程がある。
しかし正直、幸村くんがどうのというよりも、同小出身の人に立海で初めて出会ったことに対する高揚が凄い。

「え、めっちゃ嬉しい!南湘南ってちょっと離れてるから、そこ出身の人って周りになかなかいなくて」
「神奈川第一小とか二小、三小あたりがほとんどだよね」
「そうそう!」
「フフ、やっと敬語やめてくれたね」

そう言ってにこにこ笑う幸村くんはやはりミスターバレンタインにふさわしく美しかった。
一度フリーズしかけて、いかん!しっかり私!と我に返る。

「うん?どうしたの?」
「い、いやなんでも?!あ、えっとじゃあもう行くね!教科書ほんとすみませんでした!」
「全然、むしろ届けてくれてありがたかったよ」
「それじゃー失礼しました!」
「うん、また喋ろう」

最後にふわりと笑って教室に戻っていく幸村くんを見て、C組近くの廊下にいた女子がみんな固まった。

そりゃそうだ!?
恐るべし幸村精市。



D組に戻って自分の席に座ると、遥がニヤニヤしながら近づいてきた。

「遥うるさい」
「ちょっと私まだ何も言ってないんだけどお」
「顔がうるさい」
「ねえどうだった、神の子とその周りの皆さんは何て?」

私の不幸話を心待ちにしていやがる。
なんて酷い友人だ。

「教科書は返せたけど、C組の女の子たちには何だこの女、と思われた可能性がございます」
「やっぱついてけばよかったかも」
「ちょっと話したんだけど、私幸村くんと同じ小学校だったっぽい」

幸村くんも意外と私たちとおんなじ普通の人間なんだなって思った。
そう呟いてみたら、遥は「いやいや神の子だって!」と突っ込んできた。
神の子どころか、幸村精市サイボーグ説が女テニで一時囁かれたくらいだから当然な反応かもしれない。

「あとね、私の勘違いでなければ、また喋ろうって言われた気がする」
「また喋ろう?!」
「う、うん」
「……又三郎の聞き間違え?」
「あ、なるほどね!?又三郎かも。あ、又三郎だわ」
「え納得しないでなまえ、冗談だから」

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