26

しようか、キス。

幸村くんの言葉が脳内を反芻する。
自分で提案しておいて、いざ言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい。

「あれ?なまえが言ったんじゃないか」
「い、言ったけど…!あれ、なんか幸村くん急にいきいきしてる…?」
「うん、嬉しかったからね。可愛い彼女にそんなことを言われて喜ばない男はいないよ」

幸村くんはにっこり笑うと、目を閉じて、と囁いた。

「目、目を!?」
「見られてたら恥ずかしくてキスしづらいから」

それはそうだけど…!
でも目を閉じて待っているのもめちゃくちゃ恥ずかしい。
一人でぐるぐる悩んでいると、それを察したのか幸村くんはこう提案をしてきた。

「わかった、じゃあ慣れるために、最初はほっぺにするよ。どうかな?」

どうかな?と言われても、と思っていたら、幸村くんの顔が近づいてきて、あっという間に頬にキスされてしまった。

「ほっぺでもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいね」
「……うん」
「キスって、こんな恥ずかしいんだね」

さすがの幸村くんも、やっぱり少しだけ顔が赤い。
恥ずかしいのは彼も一緒なんだなと思うと、少し安心した。

「なまえ、好きだよ」

両手を甘くつなぎながら、幸村くんはそう呟いた。自然と目を閉じると、唇に何かが触れる感触がする。

いま私、幸村くんとキスしてる。

「……しちゃったね」

そう照れ笑いをする幸村くんを見ていたら、ぶわっと感情が溢れた。

「幸村くん、その…もう一回、してもいい?」
「……あーもう、君のそういうところが可愛いけど、心配だよ」

心配って、どういう意味だろう?そう思っていたら、2回目のキスが降ってきた。
さっきよりも長くて、お互いを堪能するようなキスだった。ちゅ、と音がして、恥ずかしいのに止められない、そんなキス。

唇を離してからも、しばらく至近距離で見つめあっていた。
幸村くんの瞳が私を捉えて離さない。私も、彼から目を離せずにいた。

廊下で誰かが走る音が聞こえて、二人ともハッと我に返る。

「わ、私帰るね!なんかこれ以上したら、明日から幸村くんのことまっすぐ見れなくなりそうだから…」
「…それもそうだね」

部屋を出るときに、一度振り返って幸村くんに「じゃあね」と言おうとすると、ベッドから立ち上がった幸村くんが私を引き止めた。

なんだろう、と思っていると、軽いキスが唇に落とされる。

「ごめん、なんだか名残惜しくて。これで最後」

やばい、これ以上はやばすぎる。
それじゃあ!と逃げるように部屋を出た。




「なまえー!みてみてコアラ!うける、寝てんじゃん!顔見えないし!」

オーストラリアの動物園は、とにかく広い。
本場のコアラにはしゃぐ遥に、私は適当に生返事をする。

「ちょっとちょっと、なまえどしたー?昨日の夜からずっとそんな感じだけど」
「え?そ、そう?」
「うん。なんかぼーっとしてる」

木にしがみつくコアラを写真に収めながら、遥は「あ!もしかして?」と笑う。

「ついに幸村くんとしちゃったとか?キス!きゃっ」
「うん、実はそうなんだよね」
「へーそうなんだーー………え、は!??!マジ?」

あ、遥が騒いだからコアラが起きた。
ぼーっとしながら、ほらコアラ起きたよ、と指を指すも、遥はそんなことそっちのけで私の肩を揺さぶる。

「え?!昨日の夜?!お風呂上がりいなくなったと思ったら…マジ?!」
「うん…」
「どーゆー流れで?!」
「男気じゃんけんして…それで…」
「何その流れ?!」

だいぶ端折ったせいで遥が勘違いしてる。まあいっか。

「遥ってさ、もう彼氏と長いじゃん?」
「え、うんまあ」
「てことは毎回あんなことしてるんだよね…。よく正気を保ってられるね、信じられない…」
「そうかな?」
「そうだよ…これから遥先輩って呼ぼうかな…」
「やめてやめて!どうした?!」

だって昨夜から、頭に浮かぶのは幸村くんのことばかりだ。思い出してしまって、うわあー!って恥ずかしくなる、ずっとその繰り返し。
コアラとかカンガルーとか、今はどうでもいい。


動物園をゆっくり見て回っていると、向こうのカンガルーの檻の前に、幸村くんと柳くん、真田くんがいるのが見えた。
後ろ姿を見るだけで心臓が跳ねる。

「うわ待って、カンガルー!カンガルー見たいんだけど」
「あ、じゃあ私あっちのウサギのところに…」
「だめ、あんたも見るの!ここまできてカンガルー見ないのはあり得ないって!」

いや、まじで今カンガルーどうでもいい。
私の首根っこを掴んでずるずると引き摺ったまま、遥は幸村くんたちに背後から声をかけた。

真田くんが気がつき、伊波とみょうじか、と呟く。

「こんにちは、真田くん!カンガルーどう?」
「む、やはり日本にいるものより野生味がある気がするぞ」
「弦一郎、ここにいるのは日本の動物園と同じ種だぞ」
「そうなのか?」

恐る恐る幸村くんのほうを見ると、がっつり目が合ってしまった。
幸村くんは困ったように微笑み、私はいたたまれなくなって目を逸らす。

「あーじゃあ、私たちはこのへんで!ウサギ見てきます!それじゃあ!なまえ行こ!」

またずるずると引き摺られ、幸村くんたちから見えなくなるところまで移動して、やっと解放してもらえた。

「何思いっきり意識してんのさ!」
「だ、だって……」
「ま、意識してんのは向こうもだったけどね」

それでも幸村くんは一応こっちを見てくれた。
それなのに私ときたら…!

「ちょっとトイレで顔洗ってくる…」
「もー、私ここにいるから、早く帰ってきてよね」
「はーい」

あーあ、この調子じゃずっと自己嫌悪が続いて、本格的に何もかも嫌になりそう。

これが喪女か…と、トイレまで一人とぼとぼと歩いているときだった。

数人の外国人に声をかけられて、振り返る。
見た感じ、現地の男子高校生のようだ。色々話しかけられているが、英会話が一切できない私は、簡単な単語しか聞き取ることができない。

もう少し聞いていれば何かわかるかな、と思っていたら、一人に腕を掴まれた。
あ、もしかしてこれ誘われてる?ナンパ?とやっと気がついて、「ノーサンキュー」と連呼する。
が、彼らはしつこかった。

どうしたものかなーと思っていると、私の背後から誰かが彼らに声をかけた。
流暢な英語だけど、聞いたことのある声だ。

振り返ると、そこには幸村くんがいた。

「え?!幸村くん、」
「もうこれで大丈夫。彼らにはちゃんと断ったよ。行こう」

幸村くんはそう笑って、私の手を取って歩き出す。
つないだ手はあたたかかった。
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