25
なんでこんなことになっているのか。
まだ頭が追いついていない。
丸井くんと桑原くん、吉田くん、私の4人でお風呂上がりのジュースを賭けて男気じゃんけんをすることになって、私が負けて、何故か吉田くんがジュースを自分の部屋に届けてほしいって言ってきて…。
そして気がついたら、今こうなっている。
「はい、とりあえず水でいいかな?」
「あ、ありがとう」
幸村くんは、ベッドに腰掛ける私にペットボトルのミネラルウォーターを手渡して、よいしょ、と向かいに座った。
先程の喧騒と打ってかわって、とても静かだ。
この部屋が2階の端っこだからだろうか。それとも私が意識しすぎて、周りの音が聞こえないだけなのか。
「とりあえず、こっちにおいでよ、なまえ」
「え、ええっ?!」
ただでさえこのシチュエーションに緊張しているというのに、幸村くんは涼しい顔でそんなことを言ってのける。
「嫌かい?」
「嫌だなんて、めっそうもない…!」
彼は、私がそんなことを思うはずがないとわかっていて聞いている。
ゆ、幸村くんゆるせない!
「吉田といつの間に仲良くなったの?」
「あ、さっきみんなで男気じゃんけんしてて…まあ私男の子じゃないんだけど…」
「このジュースを持ってきたところを見ると、なまえが勝っちゃったんだね。それにしても、吉田は意外と気を遣うところがあるんだな」
幸村くんにそう言われて初めて、吉田くんの意図に気がつくことができた。
なんということだ。
「吉田くん、なんとお優しい…!あのね、丸井くんなんて酷くってね、」
「そういえば君は最近丸井と仲が良いよね。ちょっと妬けるなあ」
幸村くんはそう言うと、立ち上がって私の横に腰掛けた。
無意識に背筋がスッと伸びる。
幸村くんと違って、全然自然に振る舞えないのが恥ずかしい。
「フフ、なまえってば、何緊張してるの?」
「そりゃあねえ!緊張もするよ!」
「どうして?」
「ど、どうしてって…」
やっぱり幸村くんは私の反応を面白がって、わざとやっているに違いない。
さっきから肩が触れるほど近いのも、きっとわざとなんでしょう。
「フフ、こういうの、なんだかドキドキするね」
「…幸村くんも?」
「うん、そりゃあね。俺も男だから」
ほら、と胸板に手を押し付けられる。幸村くんの心臓が強く鼓動するのがわかる。
視線を上げると、思っていたよりも近くに幸村くんの顔があってすぐに逸らしてしまった。
それを幸村くんは、小さく笑って私を抱き寄せる。
「あわわわわ」
「フフ、ごめん、可愛くてつい。せっかく吉田がお膳立てしてくれたんだ。ちょっとだけ、ね?」
こんな状況にも関わらず、お風呂入ったあとで良かった、なんて色気も何も無いことを考えてしまう。
「幸村くん…良い匂いする」
「そう?」
「うん、ボディソープかなあ?」
「なまえ、くすぐったいよ」
幸村くんが身を捩らせるのを見て、なんて大胆なことをしてるんだろうと我に返った。
幸村くんは回した腕の力を緩めることなく、私の髪に顔をうずめる。
「なまえも良い匂いする。これシャンプー?すごく好きな匂いだな」
すん、と幸村くんに嗅がれて、顔に熱が集中するのがわかった。
どうしよう、どうしよう。
頭の中で勝手にぐるぐる考えていたら、幸村くんはそんな私を見てクスッと笑った。
「ごめんね、ちょっとやりすぎちゃったかな」
回されていた腕がすっと離れた。
そうだ、私にはまだ刺激が強い。
幸村くんみたいに慣れていないし、もう付き合って2ヶ月くらい経つのにいつも慌ててばっかりで。
なのに。
気がついたら、幸村くんの手を掴んでいた。
「幸村くんに、聞きたいことがあって」
「何だい?」
「幸村くんはその…キ、キス…したことある?」
「えっ?」
手を掴んだまま幸村くんを見上げると、幸村くんの瞳が戸惑ったように揺れた。
「……無いよ。なまえは?」
「私も、無い」
「そうか…。その…ちょっとホッとしたかも」
「えっ?」
幸村くんが照れている。
顔をほてらせた彼は、私から視線を逸らして呟く。
「もし経験があるって聞いたらやっぱり…想像せずにはいられないし。そしたら俺、たぶんすごく嫉妬するだろうから」
「そんなの、私も一緒だよ…」
二人の間に暫くの間、何ともいえない空気が流れた。
これ以上我慢ができずに口を開いた私は、とんでもないことを口走る。
「あの…もしよかったら、しません…か」
「え」
幸村くんが目を丸くする。
何が、しませんか、だ!?
コンビニ一緒に行きませんか、じゃないんだから!!
少しの間だけ沈黙が流れて、ああやっぱりこんなこと言わなきゃ良かったかも、と少し後悔した。
幸村くんは、俯く私のことをじっと見つめている。
次の瞬間、世界がぐるりと動いた。
「ええっ?!」
「君は本当、俺を揺さぶるのがうまいなあ…」
「ゆ、幸村くん…!」
「しっ、あんまり大声出したら、この部屋にいることがみんなにバレちゃうよ」
これは一体どういうことなんだろう。
私はいま、幸村くんに押し倒されている。
「しようか。キス」
そう言って幸村くんは、私を見下ろして微笑んだ。