24

修学旅行というのは、本来学生が思い出をつくるための素晴らしい青春行事のはずだ。

小学生の頃なんて、日光でワイワイしただけで楽しかったなあ。中学もそんなようなものだった。
なのに何故、高校生になるとこうなってしまうのか。これが私立校の宿命なのだろうか。

「あれなまえ、課題突き返されたの?」
「当たり障りないことを並べ立ててるって言われた…。大正解……」
「そりゃあんなに早く出来上がっちゃ、先生もわかるでしょうよ」

修学旅行一日目にして、私たちはオーストラリアという地で謎のレポートに苦しめられている。
ホテル内のホールに缶詰めにされて、みんなが国際交流に関するレポートに取り組んでいる様子を見ると、あれ?本当に今オーストラリアにいるのかな?とわからなくなってくる。

「こんなことなら国内で良いよね。鹿とか見ようよ…」
「鹿もカンガルーもそんな変わらんけど」
「そういうことじゃないのよ遥ちゃん…」

ただでさえ英語はあんまり好きじゃないのだ。はあ、と溜息をついてシャーペンを握り直す。

ひとつのホールに3クラスずつ詰め込まれているので、幸村くんとは離れてしまったけれど、それで良かったと思った。
こんなだるだるなみょうじなまえを、幸村くんに見せるわけにはいかない。いや別に、普段幸村くんの前で完璧だというわけではないんだけど。

「てか、遥なんでマスクしてるの」
「すっぴん見せたくないから」
「え?何度も見てるけど」
「彼氏に決まってるでしょー」
「えっ」
「最近肌荒れひどいんだよねー」

女子かよ、と勝手に口が動いた。
すっぴんと言っても校則や部活があるから、がっつりメイクではなく所謂BBクリームとかリップとかその程度なのに。遥はあくまでも妥協を見せない寸法らしい。

いやもしかしたら、高校生にもなって私が至らぬだけで、このくらいが彼氏持ちJKの当然の嗜みであり、常識なのかもしれない。しかし私は当然のようにマスクなんて持っていない。

「あの、遥さま?」
「ほれ、マスクの予備ならあるぞ」
「あ〜〜遥さま、私めにお恵みを」
「しかしおぬしにはやらん」
「なぜですか?!」
「おぬしはこの合宿中、マスクなどせず無防備でいろ!そう言いたい!」
「なぜですか?!私もすっぴんなんですが!」
「なぜなら、おぬしはいまだにチュー…」
「わーーー!やめてやめて!」
「みょうじと伊波うるさいぞーー」

騒ぎすぎたせいで、先生に怒られた。すみませーん、とレポートに向かい直す。

ここのところ、色んな人に一様にそんなようなことを言われたせいで、必要以上に幸村くんを意識してしまっていた。
幸村くんに触ってみたいかも、なんていう感情が湧いてきたことに気がついたのは、オーストラリアへ向かう行きの飛行機の中だった。


夜、機内でお手洗いへ行くため席を立ったとき、偶然にも反対側から歩いてきた幸村くんに通路でばったりと会った。
幸村くんの隣の席は誰もいないらしく、そこに座らせてもらって少し話をした。
飛行機の座席はなかなかに距離が近く、おまけに暗くて静かだ。

しかも幸村くんは、周りにうるさくならないよう耳元で喋ってくる。
そんな状況でドキドキしないはずが無かった。

それ以来ずっと、あのときの高揚感を思い出してしまうというか、幸村くんに会いたい、触りたいという気持ちが増幅してしまっている。

会いたい、はまだわかる。
しかし、後者は何だ。
こういうのは普通、男の子が抱く感情なんじゃないのか。


モヤモヤした気持ちを抱えながらも、無事課題を提出し終えて、何やかんやと喚く遥を置いてホールを出る。先に終わった者から順番に部屋へ帰っても良いという決まりなのだ。

ロビーまで辿り着くと、そこには桑原くんと丸井くんがいた。

「おーお前今終わったんかよ?おっせえじゃん」
「丸井くんこそこんな早いなんて、オーストラリアの明日の天気は雨だねきっと」
「お前、日に日に俺への当たりが強くなってるよな」

丸井くんと喋るのはあの食堂での一件ぶりだ。
彼の苺牛乳を強奪してしまったわけだが、私は悪くない。

「それはそうとお前、良いところに来たな」

丸井くんがニヤリと笑う。桑原くんも珍しく楽しそうだ。

「これから部屋に戻って風呂だろぃ?」
「うん、そうだよ」
「男気ジャンケンしよーぜ。今メンバー集めてたとこなんだよ」
「おとこぎじゃんけん?勝ったら奢るってやつ?」
「そ、風呂上がりのジュース。コーヒー牛乳がねえからあんまりテンション上がんねーけどな」
「いいよー!やる!!」

即答すると、桑原くんが面食らった様子でいいのか?と尋ねてきた。

「意外だな、そんなすぐ乗ってくるなんて」
「そう?こういうのわりと好きなんだ」
「そうこなくちゃな!」

じゃあ後で、と自分の部屋に戻る。大浴場というものが無いため、お風呂と言っても部屋のシャワーで済ますしかない。

再びロビーに集結した頃、丸井くんと桑原くんの他にもう1人、見知らぬ男の子がいた。
そこらへんを歩いていたのを、丸井くんが捕まえたらしい。

「あ、幸村の彼女」

彼がわたしを指差す。
いたたまれず、どうも…と頭を下げる。

彼は吉田くんといって、幸村くんが以前言っていた、遥のことを気になっていた人らしい。
幸村くんが有名人すぎるせいで、男の子の顔見知りがどんどん増える。

「ちなみに、幸村と飛行機の席交換したの俺っスよ。ほんとは俺が出席番号一番後ろだから」
「えっそうなの?」
「そ。『吉田、席替わってくれない?これからみょうじさんが来るんだ』なんて言われたら、替わるしかねーし。いや良いんスけどね」

そうだったんだ。
幸村くんもそんなこと…するのか。

「吉田、今のそれ幸村くんの真似?」
「うん。似てね?」
「殴られても文句言えないくらい似てねぇ」
「え、うそ、丸井お前、幸村に告げ口しないでね」
「おーし!財布の準備はいいかジャッカル」
「なんで俺が払う前提なんだよ!」
「じゃーんけーん」



いや、どうして。

「ぷっ、みょうじざまあ」
「えーーやだ!やだやだ!」
「やだじゃねえ、男気じゃんけんなんだから喜べよ」
「うっ…ヤッター…」

見事に一人負けした私は、結局ジュース6人分を奢ることになってしまったのだった。
なんだか気に食わないので、丸井くんにはヤクルトサイズのジュースをチョイスした。

「はい、これは吉田くんの分」
「おう、ごめんねなんか」
「いえ、これが男気じゃんけんというものですのでね…」
「なんか可哀想だなー…うーん」

吉田くんはしばらく考えて、ポンと手を打った。

「わかった!良いこと思いついちった!みょうじさんこれさ、部屋に届けといてくんねーかな?俺の部屋207なんだけど」
「え?う、うん、別にいいけど」
「いやー超優しいな、俺って」

吉田くんはわけのわからないことを呟きながら、そのまま廊下を歩いて行った。
ヤクルトサイズのジュースに憤慨していた丸井くんや、それをなだめていた桑原くんも、じゃあな!とそれぞれ部屋に帰っていった。

何故わたしが吉田くんの部屋まで、と思ったけど、彼のおかげで飛行機の時間を楽しめたのは事実だ。これでおあいこにしようではないか。
そう思い、207のインターホンを押す。


「はい。…って、あれ」
「えっ、あれ?」
「なまえ?どうしたんだい?」

なんと、207の部屋から出てきたのは、幸村くんだった。キョトンとした顔で私を見ている。

「え?!もしかしてここ幸村くんの部屋なの?」
「そうだよ、来てくれたの?」

何と反応したら良いかわからず、曖昧な返事をする。
吉田くんめ、恨むよ。だって、だって私は今お風呂上がりの完全すっぴんなのだ。

「ふーん、よくわからないけど、後で吉田にお礼を言わないとね。棚ぼただ」

幸村くんはそう言って笑い、私の手首を掴んで部屋に招き入れた。
| #novel_menu# |
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -