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「あれっなまえ、その雑誌誰の?」

朝のホームルームが終わって周りが一限の準備をしている中、教科書も出さずに机に座ったままの私を見て、遥は不思議そうに首を傾げる。

「希美の…」
「だよねえ、あんた前に、そういうの買うくらいならお菓子買うとか言ってたもんね」

改めて聞くとなんという女子力の無さ。
しかし如何せん、ファッション雑誌というのは値段が高いので、月にお小遣い3000円の私にはだいぶキツいものがある。

「んで、何で持ってるの?色気づいたか?」
「い、いや…」

たしかに、私はどちらかというと色気より食い気である。
年頃の女の子がこぞって買うようなファッション雑誌などにはまるで興味がなく、コンビニで希美が雑誌を買う一方で私はからあげクンを買う、それが常なのだった。
なのにそんな私が、なぜ今これに真剣に目を通しているかというと。

最初は、希美が部室に置いていったのを何となく手に取ってパラパラとめくっていただけだった。
うっかり、「女子のホンネ!」なんてチープな見出しが目に入ってしまったのが運のツキ。
付き合ってからどのくらいでキスした?という項目が目に入ったときは卒倒しそうになった。

「ははーん、そういうことか」
「先に言っとくと、別に気にしてるとかじゃないからね」
「はいはい」

この間丸井くんたちに、付き合って一ヶ月も経つのに云々と言われたときはうまく流せたが、こんなふうに雑誌で統計を取られてしまうと気になるのが人間なわけで。

「ああー!だめだ!これ持ってたらいけない!やっぱり希美に返しに行こ…」
「待ってその前に占い見せて。どれどれ、双子座は〜」

よそはよそ、うちはうち。
あの日丸井くんたちにドヤ顔で言い放ったこの言葉は、もはや自分を言い聞かせるためのものと化した。

「あれ、なまえの星座のラブ運やばくない?」
「え?」
「『11月、ラブ運最高潮(^^) ラッキーアイテムはリップクリーム(^^)』」
「…バカなんじゃないの?」

なんだ、ラッキーアイテムはリップクリームって!
やっぱりだめだこんなもの!と遥から雑誌を取り上げ、教室から出た。



表紙のモデルを気難しい顔で睨みつけながら廊下を歩く私は、周りから見たらただの変な奴に違いない。

「あ、なまえ」

なんともタイミング悪く、D組からひょっこり出てきたのは幸村くんだった。
なぜか咄嗟に雑誌を後ろに隠すように持ち直す。隠す必要なんてないのに、と余計な行動をとったことを後悔した。

「えっと、おはよう!幸村くん!おはよう!!」
「何だか今日はいやに元気だね。おはよう」

クスッと笑う幸村くんの横を、廊下にいる他の女の子たちがチラチラと見ながら通り過ぎる。
そうだよね、やっぱり幸村くんがいたら見ちゃうよね、と無駄に彼女らに共感してしまった。

「修学旅行、来週だね」
「あー、そうだね!」
「オーストラリアなんて初めてだし、楽しみだな」

そう、我が立海大附属高校では修学旅行でなんと海外に行くのである。
しかも南半球って、ブルジョワか。

「あ、ごめんね、引き止めて」
「ううん、むしろ朝から幸村くんのこと見れてラッキーだった」
「あはは、ラッキーって。俺は君の彼氏だよ」

そんなことをさらりと言って「じゃあまたね」と幸村くんは去っていく。
背中をぼーっと見ながら、そういえば私何しに来たんだっけ?と思っていた。

「ああっそうだ、雑誌!」

時計を確認すれば、本鈴が鳴るまであと5分だ。

希美のいるF組の教室の扉を遠慮がちに開き、中を覗く。
幸い、まだ生徒たちはざわざわと騒がしいので、目立つこと無くささっと用を済ませられそうだ。

「あの」
「あれ、幸村の彼女だ」
「……希美呼んでもらっていいですか」

窓際で友達と談笑していた希美が、クラスメイトに呼ばれてこちらへ走って来た。

「なまえちゃん?どうしたの?」
「あのこれ、部室に忘れてたよ」
「ほんとだ、ありがとう〜!わざわざ来させちゃってごめんね〜」

でも別に今じゃなくても良かったのに〜と付け加える希美。
うん、至極当然である。こんなのわざわざ授業開始2分前にデリバリーするような代物ではない。

「ううん!じゃあもう行くね!また放課後!」
「え、うん、またね〜」

何だったんだ?というような希美の表情、これも至極当然である。

ひらひらと手を振りながら、前をよく確認せずに教室を出ようとしたのがいけなかった。
誰かとぶつかってしまい、衝撃で後ずさる。

硬い、この身体の硬さと背の高さは絶対男の子だ。
ぶつけたおでこをさすりながらごめんなさいと謝ると、「痛いナリ」なんて珍妙な返答を頂いた。顔を上げれば気怠そうな表情の銀髪がいた。

「あれ、仁王くんおはよう。何してるの?」
「いや何って、ここ自分の教室じゃし」
「えっ?仁王くんってF組だったの!?知らなかった」
「……お前さん、今朝寝坊したじゃろ?」

突然図星をさされてどきっとした。
その通り、今日はなぜか目覚ましが鳴らなくて、20分ほど朝練に遅刻してしまったのだ。

「なんでわかるの」
「ここ、跳ねとる」

そう言って仁王くんは私のサイドの毛束を摘む。
その瞬間、先ほど希美を呼んでもらうために声をかけた男の子が「うわ」と声を上げた。

「意外だわ、仁王って女子と絡むんだ」
「…俺をなんだと思っとるんじゃ」

仁王くんってそんなキャラだったのか。
無意識のうちにじっと仁王くんを見ていたら、彼は一瞬、本当に一瞬だけニヤリと笑って口を開いた。

「みょうじさん、俺からひとつアドバイス」
「へ、何?」
「女は度胸じゃき」

は?仁王くん何言ってるの、と言おうとしたところで遂にチャイムが鳴ってしまった。
しまった、早く戻らないと今日の授業で当てられる。一限の古文担当は凄くねちっこい教師なのだ。

F組を離れようとしたとき、仁王くんの呟く声が耳に入ってきた。

「頑張りんしゃい」

そこで、まさかと思った。
先程の仁王くんのアドバイスとかいうのは、もしやそのことではないのか。

いや仁王くんが知ってるはずない、そんなはずはないけれど…切原くんと丸井くんのことだ、周りに何やかんや吹聴していてもおかしくない。

廊下を半分くらいまで行ったところで後ろを振り返ってみた。
当たり前と言えば当たり前だが、仁王くんはもう教室に入ったようで廊下には誰もいない。

仁王雅治め〜!と廊下を爆走していたら、ちょうど鉢合わせたねちっこい古典の先生に廊下を走るなと怒られ、その日一日はずっと色んなことでモヤモヤしていた。

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