20

「やっぱ私帰っていい…?」
「はぁ?今更何言ってんの!ここまで来たんだから一部始終を見届けないと」

昼休みにわざわざ何してるんだろう、と溜息をつく。
幸村くんたちが立っているすぐ裏手、だとさすがにバレそうだから、もう少し離れた茂みの裏に身を潜めている私と遥は、一体他人から見てどう映っているんだろう。

「こっからじゃよく聞こえないな〜だからあそこの茂みにしようって言ったのに」
「それはまじで無理!バレたら私は死ぬ」
「チッ」

だいたい遥はこの状況を楽しんでいるだけに違いない。

「おい女、近い、ちょっと幸村くんに近い!ねえ、なまえ?」
「う、うーん…」

幸村くんが女の子から大層人気があるのは知っていたけれど、いざこうしてそういう場面を目の当たりにするのは初めてで、なんだかこちらまで緊張する。
さっきから唇が妙に乾燥しているのはそのせいだろう。

「あ、行っちゃったね、女の子」

小走りで去っていく女の子を確認すると、途端に緊張が解けた。
一人になった幸村くんがこちらへ近づいてきて、私は思わず茂みの後ろで体を反転させた。

「あ」

と、隣の遥がポケットに入れていた携帯電話を地面に落とした。地面は土だから、落とした際にあまり音は立たなかったのだが、どうやら咄嗟に声が出てしまったらしい。
いやいや、まって、遥まじで恨む。
嘘でしょという顔で睨み付ければ、遥はしばらく目を泳がせたのちにすっくと立ち上がった。

「あ〜幸村くん、ぐうぜーん!」

バカ、なにが偶然だよ、こんな偶然あってたまるか。

漫画のような展開にしゃがんだまま一人頭を抱える。
でも何故だろうか、こうなるんじゃないかという予想は少なからずあった。

「やあ、伊波さん」

幸村くんはいつもと変わらぬ声色で答える。
なんで二人とも普通に挨拶してるの、私がおかしいのかな。

「もしかして今の、見られちゃってたかな」
「あ、うーん、まあ。ごめんね、覗き見するつもりはなかったんだけど、こう、たまたま?」
「いや、別に構わないよ。ところで今日はなまえと一緒じゃないのかい?」
「えっ?あ、うん、まあね!」

明らかに声が裏返った遥のふくらはぎに軽くチョップをして、いよいよ私は項垂れる。

こうなったらもう、正直に覗き見しちゃいましたと言おう。悪趣味だと思われても嫌われても仕方がない。
そう決心して立ち上がろうとしたとき、幸村くんがフフ、と小さく笑ったのが聞こえた。

「俺、なまえに謝らないとな」

どきっと心臓が跳ねる。
せっかくの決心が揺らいでしまった。

なに、やめてやめて聞きたくない。
脳裏によぎった破局の二文字を振り払うため、頭を左右に揺らす。あんな場面を見てしまった上にそんなことになったら、きっと心に相当なダメージを喰らってトラウマになって向こう5年くらい苦しむに違いない。

「今まであんまり言わないでいたんだけど、今回はっきり言っちゃったんだよね。俺の彼女はみょうじなまえさんです、って」

予想外の言葉に、ええっと声が漏れそうになって慌てて自らの口を押さえる。

本人に直接釘を刺したわけではないけれど、私たちの関係をあまり周りに公言しないでほしいと思っていたのは事実で、幸村くんもそれを察してくれていると思っていた。否、実際に察してくれていた。

それが何故いま、と狼狽える。
だけどとりあえず予想した最悪の状況じゃなくて良かったー!

「つい、自慢したくなっちゃって。伊波さん、なまえにごめんねって伝えておいてもらえる?」

まるで私の疑問に答えるかのようなタイミングで、幸村くんはそう付け加える。
じゃあね、と去っていく幸村くんの足音をBGMに、深く息を吐きながら両手で顔を覆った。

「すげー…みた?あの笑顔」
「見えないよ…しゃがんでたもん…」

とはいえ声色からなんとなく表情は思い浮かぶ。あの屈託のない無邪気な顔をしていたんだろう。
もはや遥を怒る気力すらなく、私は再び項垂れる。
幸村くんは確実に、

「気づいてたよね、あれ」
「……うう〜」

今日の部活後に会うのがなんだか気まずい。



勝手に帰っちゃっていいと思う?と尋ねてみたけれど、遥にそれだけはやめろと怒られた。
いつものように大人しく部室棟の壁に寄りかかりながら幸村くんを待つ。

先に帰っててという旨の連絡が入っていやしないかと淡い期待を抱いて携帯を何度も確認したが、向こうから歩いてくるシルエットを確認してそんな期待はかなぐり捨てた。

「なまえ」
「はい」
「ちょっと遠くない?」

はい、と繰り返す私の腕を掴んで、幸村くんは自分のほうに引き寄せる。まだ学校を出て三分くらいなのだけど。
幸村くんの顔が見られなくて、そっぽを向いて無駄に前髪を触ってみているけれど、こんなに近いとなんだかこういうのもあまり意味がないような気がしてくる。

「そんなにビクビクしないで、取って食うわけでもあるまいし」
「あ、あの、ごめんなさい、今日」
「ああ、それを気にしていたの?いいんだよ、そんなの」

柔らかに微笑む幸村くんは本当に何とも思っていないといった感じである。
それに少し安心して、変に力んでいた体を楽にさせた。

「それより、不安になっちゃった?」

そう囁きながら私を覗き込む幸村くんは、相当悪どい表情を浮かべている。

なんでだ。いつの間に主導権は、完全に幸村くんに握られている。
やけになって「そりゃあなりましたよ!!」と答えれば、幸村くんはころころと笑った。

「ごめんね、ちょっとからかっただけ」
「わたしだって!心配にくらいなるよ!」

そりゃあちょっと前まで自分はそういうの大丈夫だと思ってたけど!いや本当、遥とかに比べたら耐性あるんだろうけど!それでもですよ!
馬鹿やろー!と付け加える私はかなりの勇者であろう。

「もう、可愛いなあ」

そう呟いて幸村くんは、手を繋いだまま私の指に唇を寄せる。
なんて恥ずかしい真似を、とぐらつく頭を押さえながら幸村くんを見れば、にこっと笑う彼と目が合った。

「俺、君といると毎回実感することがあって。これは最近気がついたんだけどね」
「な、なに?」
「俺もやっぱり男だなあって。なんだか妙に安心するんだ」
「ゆ、幸村くんって、こんなキャラだっけ…」
「こんなキャラだよ」

キラキラした笑みを向けられて、私は何も言えなくなった。
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