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学校のどこを歩いていても、やたら女の子たちからの視線を感じるようになった今日この頃。
いずれこうなるとはわかってはいたものの、やっぱり落ち着かない。
ほらあの子だよ、へぇ〜あの子が、なんて会話が今も聞こえてくる。只でさえ目立つ。それなのに、だ。
「こんなところ見られたらさあ、さすがに怪しまれるよね?」
「幸村くんは大丈夫だろぃ」
「いや、周りの女の子たちに」
「あー……ん〜まあ大丈夫っしょ!」
返事の仕方もさる事ながら、もしゃもしゃとお肉を頬張りながら答えられても何の説得力も無い。
本来なら楽しいはずのランチタイムに何故、丸井くんと切原くんと3人で、しかも教室ではなく食堂でご飯を食べているんだろう。
立海には立派な食堂があるが、普段混んでいるから利用したことはほとんど無い。それなのに、突如風のように現れた丸井くんたちによって連行されてしまい、なぜか今ここにいる。
「あの、マジ帰りますね、マジで」
「みょうじに聞きたいことがあるんだけどよー」
私の意向は完全無視で勝手に連行してきたくせに、この二人ときたら着いて早々、定食やらパンやらを目の前で食べ出した。
何か用があるのなら早くしてくれとイラついていたが、昼休み開始から15分、ようやく用件を聞くことができるらしい。
「正直なところお前さー、幸村くんとどこまでいってんの?」
「アハ、帰ります」
「ちょっ、みょうじ先輩待ってくださいよ」
切原くんに手首を掴まれて身動きが取れなくなり、渋々座り直す。
なんでそんなことを、しかもこんなところであなたたちに教えなきゃいけないの!
「どこまでって、まあ映画とかには行きました」
「おい赤也、こいつしらばっくれる気だぜ」
「これはチューくらいしてそうっスね!」
「ちょっと切原くん声大きいから!」
後ろに座ってる男の子たち振り向いたじゃん!どうしてくれるの!
「問題は、その次っスよね」
「幸村くんのそういうシーン想像つかないよな」
「たしかに」
「ほんと黙って、じゃないと…」
丸井くんから苺ミルクのブリックパックを取り上げて大きく振りかぶれば、丸井くんは「やめろ、わかった!苺ミルクに罪は無え!」と慌て出す。
信用ならないのでこの苺ミルクは返さずに握り締めていることにした。人質ならぬ、ジュース質です。
「まあとりあえずあれだ、お前も頑張れよ!完全受け身は良くねえからな」
先程よりもだいぶ小さな声で丸井くんはそう囁く。
そんなにこの苺ミルクが惜しいのか。
「いや、そう言われても…正直そういうのよくわからないし…」
「え、でもお前、彼氏いたことあるんだろぃ?」
「なんで丸井くんが知ってるの?」
「そりゃー幸村くんに聞い……あ、うそうそ、今のナシ」
丸井くんは誤魔化すように、またパンを頬張る。
別に誤魔化す必要もないのに、丸井くんは何を焦っているのだろう。
「たしかに中学のときにいたけど、別にその人とはなんも無かったし」
「うわ、てことは初体験が幸村くんかよ?半端ねえな」
「はつ…!?だからそういうこと言わないでくれる?!第一私たちまだ、」
そこまで言葉にし、ハッと気がついて口をつぐむ。
丸井くんも切原くんも、たちまち表情が変わった。
「え、もしかして先輩たち、まだチューもしてないんスかあ?」
「はあ?!マジか?!付き合って一ヶ月経ってんのに?有り得ねえだろぃ!」
「……行こうね苺ミルクちゃん」
「あっ、てめー!やめろ!」
ブリックパックにストローを突き刺しながら立ち上がると、丸井くんたちもトレーを持って慌ててついてきた。いつの間に食べ終わっていたらしい。
ちょろちょろと私の周りを付き纏う彼らは、仮にも立海女子から大人気の男子テニスレギュラーである。
「お前、それやべーぞ」
「そーっスよ!高校生ならキスぐらい、普通1、2週間っしょ!ねえ丸井先輩?!」
「いや俺、初日か付き合う前にはしちまうわ、1週間とかもうヤってっし」
「うわ丸井先輩、そりゃねーっス」
小声とはいえ、昼のカフェテリアで話す内容ではない。
丸井くんの経験談が聞きたかったわけでもないぞ、こっちは。
「もーあんたたちうるさい!よそはよそ、うちはうちです!」
「てか先輩、最近幸村部長とデートしてます?」
トレーを片付けながら、切原くんがジト目でそう尋ねてきた。
「してるよ!たまにだけど、放課後にどこか寄ったりしてるもん」
「幸村部長に迫られたことは?」
「せ、せま…?」
そもそも迫られるって具体的にどういうこと?
小学生じゃあるまいし、さすがになんにもわからないとかそういうわけではない。ただその、境界がわからないというか!
そんな風に脳内でぐるぐると考えを巡らせていたら、丸井くんと切原くんが2人して深く溜息をついた。
「とにかく、別に丸井くんと切原くんに心配して頂かなくても大丈夫ですから!」
「あーまあそうだな、ゆーてまだ一ヶ月だしな、うんうん」
「ファイトっスよみょうじ先輩、幸村部長にそういう目で見られなくっても」
バッカお前!と切原くんに向かい口の前で人差し指を立てる丸井くん。
丸井くんの苺ミルクをその場で飲み干すと、ああああ!と丸井くんは情けない声を出した。
そもそも、だ。
人の恋愛に口出しするって一番良くないことだと思うのだ。カップルごとにペースがあるはずだし、他人には関係のないこと。
友達ならば、温かい目で見守ってあげるのが筋というものじゃないのか。
「だよね?遥もそう思うでしょ?」
「あんた、私が彼氏と喧嘩したときは、別れろ別れろ煩いくせに?」
「すみませんでした」
たしかに、何度「彼とは別れなよ」などと口にしたかわからない。
「人の恋愛って面白いもんね、首突っ込みたくもなるよね。それが幸村くんとなまえなら尚更よ」
「でもね、なんか後半から本当に心配されてた気がしました。心配っていうか、憐れみ?」
「安心しなよ、これから素晴らしい行事がやってくるじゃない!」
腕を組み大袈裟な口調でそう言い放つ遥の目は、キラキラと輝いている。
なんだっけ、答案返却?と尋ねたらデコピンされた。なんでだ。
「修学旅行に決まってんじゃん、バカ」
「試験終わったばっかなのによく次のこと考えられるね、遥」
「ずっと楽しみにしてたんだよねー!」
たしかに、修学旅行は毎年行けるものではないし、楽しみなのは私も同じだ。
だけど今回の修学旅行は、只の修学旅行では無いはず。
「なんか、よくわからんレポート書かなきゃいけないんじゃなかった?」
「それは言わない約束ですよ、みょうじさん」
「だるくない?冷静に」
「お黙りなさい、みょうじさん」
アデュー、と付け加える遥は、今度は柳生くんの真似にハマっているのだろうか。
「なまえ、あんた修学旅行舐めてるっしょ?」
「いや別に、舐めてはないですけど」
「人と人との距離が無駄に縮まる行事なのよ」
「はあ」
「つまり、チャンスよ」
なんの?と尋ね返す前に、遥が私の背中を大きく叩く。
「チューしてこい!!」
「ちょ、声でかいって!」
チュー?チューっつった?と周りの女の子たちがわらわら集まってきた。
…丸井くんと切原くんも厄介だけど、女子高生の好奇心よりはマシかも。