01
高校受験を終えたらすぐにやってくる大学受験。時間は待ってはくれない。
自分の性格上、高校合格の余韻に1年くらい浸ってしまいそうだから、という理由で大学附属の高校を選んだ。
進学試験こそあるものの、高校でふつうに過ごしていれば落ちることはまずないらしい。エスカレーター式で伝統ある学校なだけに、高校受験はそこそこ難しかったけれど、なんとかクリアして。
そして私は立海大附属高校に入学した。
部活を決めるとき、中学もやっていたしテニスでいっか、なんて深く考えず入部届けを出したことを、あとで後悔することになる。
中学より遥かに辛い練習に、厳しいレギュラー争い。なのに女子テニス部はほとんど話題に上がることはなく、目立つのは男子テニス部だけ。
聞けば、うちの男子テニス部は全国優勝とかしちゃうくらい強くて、おまけにレギュラー陣はさすがに嘘だろってくらい顔がよく、モテる。
練習も女テニとは比べられないほどにハードだし、ミスターバレンタイン校内トップ3が揃ってるし、とにかく本当にすごい集団なんだよ、と外部組である私は何度説明されたか数えられない。というか、ミスターバレンタインてなんだ。
別にテニス部は男女で仲が良いわけではない。
特に男テニとの交流が多いということもないし、むしろ普通もうちょいあるんじゃないか?と思ってしまうほど、皆無と言っていい。
そりゃそうである。
あんなの、いくらなんでも近づき難すぎる。
特に、集団で歩いていたらどんな立海生も道をあけるだろうというくらい、あまりに隙が無さすぎる。
立海はスポーツ強豪校だ。テニス以外の部活もかなり強い。
だけど全員が全員、口を揃えて言う。
テニス部は何もかも別格だと。
それでもまあ?そんな騒ぐほどイケメンでもないですし?彼らも一応みんな同じ高校生ですし?
そんな具合で達観できればいいのだけれど、なにせ私も普通の女子高生なわけで。
「あ、なまえ見て、幸村くんがいる」
「どこ」
「ほら、あっちから歩いてくる」
「ほんとだー今日も平常通りかっこいー!拝んじゃおー」
こんなふうに、校内で姿を見かけた折にはなんとなく拝んでしまうようになった。
もはや学校中の女子が、色めき立つか、チラチラ様子を窺うか、合掌して拝むか、この3つのうちどれかを実行しているのではと思う。たぶん。
「今日1限なんだっけ?数学?」
「現代文」
「朝一番の活字はムリだ〜」
「なまえ、月曜の朝それ毎回言ってるから」
高等部から入学した私でもすぐに馴染めたこの学校での生活も、もう二年目。高校2年の夏がやってきた。
友達はたくさんできたし、入部した女子テニス部にはなかなか面白い面々が揃っているし、なにも不満はない。
強いて言うなら、週2日の朝練と週5日のきつい練習はちょっと勘弁してほしい。こんなこと男テニに聞かれたら鼻で笑われそう。
あ、あと、遥から聞かされる彼氏の惚気も勘弁してほしい。
自分の教室に入り、いつものように席に座る。
窓側の後ろのこの席は、斜め前に遥がいるし、できることならこのままずっと席替えしないでほしいと毎日願っている。
ふと、教科書を鞄から引っ張り出したときに、違和感を覚えた。
明らかに身に覚えのないマーカーのラインと書き込み、それにうちのクラスはまだこのテーマには入っていないはずだ。
あれ、誰かの間違えて持って帰ってきちゃったのかな。現代文の授業はレベル別で教室移動があるから、そのときだろうか。
じゃあこれは一体誰の教科書なのだろう。
「っえ」
裏表紙には、美しい楷書体で書かれた"幸村精市"の四文字があった。
そういえば、私の現代文の教室は幸村くんのクラスだ。
えーっと、どうする?
ぼーっと遥の背中に視線をやる。
この教科書は今日の1限だけ有難く使わせていただくとして、当然そのあと返しに行かねばならない。そのときに単身で幸村くんのクラスに乗り込み、友達でもないのに「幸村くん、いますかぁ?」なんて言い放つ大仰が自分に出来るとは思えない。
「ねえ、遥…」
「なに〜」
「あとでC組行くの付き合ってくれない?」
「え?なんで?友達いたっけ」
「いや、うん。ちょいと野暮用で。えへへ」
「あんたって、やましいことあるとき笑って誤魔化す癖あるよね」
おかしい、出会って1年しか経ってないのに、もう癖まで理解されている。やっぱり彼氏がいる女は違う。
「わかった、白状する。やばいの、見てコレ」
「なに?現文の教科書?」
「なんでか私は、幸村くんの教科書を持ってきてしまったようです」
「いや、なまえ、それはさすがに引くわー!」
「え?待って待って、わざとじゃないの、断じて。たぶん自分のと間違えて持って帰ってきちゃったの!」
「あー何言いたいかわかった、そしてその上で断る」
「えええ〜!」
たしかに私も、もし遥の立場ならちょっと嫌だけど!
別に幸村くんと喋ってくださいって言ってるんじゃないぞ、私の横にいてくれるだけでいいの!そう言っても、遥はイヤイヤと首を横に振る。
かくして私は、幸村くんから勝手に借りパクした教科書を返しに行く、というミッションを一人で遂行させねばならなくなったのだった。