18

あの幸村精市にとうとう彼女ができたらしい。

この噂は瞬く間に学年中に広がり、1週間もすれば2年の大半が知ることとなった。
しかしながらその相手が誰なのかということはまだそこまで広まっていない。だからこそ、学年中の女の子たちが相手は一体誰なのかを躍起になって探しているのである。

立海は全体的に、いじめやらそういう類のものは少ないほうではある。うちの学年の女子もそんな情報を聞いたところで、少女漫画のように相手を特定していじめようなどとは思っていないはずだ。
ただ、あの幸村くんの彼女ってどんな子なんだろうという純粋な興味であって、そこまで恐れる必要はない。

それが遥の意見だが、みんなはきっと無意識のうちに「プリンスの彼女はさぞかし可愛いんだろうな」という余計なバイアスを働かせてしまっている。
だから私が出来る限り隠したいと考えるのは、自然の摂理だと思うのだが。

「あ〜早くすきぴに自慢したいな〜、私の友達があの幸村精市と付き合ってるんですって」
「彼がサッカー部じゃなかったらまだ良いんだけどね…」

サッカー部は人数が多い上に顔が広い人が多い。マネージャーだって多く抱えているし、おまけに彼女らは俗に言うキラキラ女子だから、出来れば伝わって欲しくない…かも。

「それにしてもおめでとう」
「うんありがとう…でも何回言うの?」
「やっとって感じだけどさあ、私からすると」
「それも何回言うの」

女テニの何人かには付き合った翌日、部室にて報告したわけだが、予想以上にみんな喜んでくれた。
遥はお前が威張るなと言いたいくらい鼻高々な様子だったし、エミコも彼女にしては珍しく感情を表に出して驚きつつも喜んでくれた。
希美まで満面の笑みで、おめでとうと言ってくれて密かに安堵したのは秘密だ。

「伊波さん、おはよう」
「あ、おはよー幸村くん」
「おはよう、みょうじさん」
「おはよう」

朝から幸村精市に話しかけられる。
4ヶ月程前の私と遥だったら間違いなく戸惑って、過ぎ去るのを待ってからその後ろ姿に合掌していたに違いない。
今でも幸村くんの姿を見ると「あ、いる」と思ってしまうのは変わらないが、如何せん周りの目を気にして自分からは近づけないし、2人きりになるのを避けてしまう。こうやって3人で歩くくらいなら周りにも怪しまれないし悪くない。

「みょうじさん、今日部活のあと何か予定はある?」
「ううん、ないけど」
「じゃあ一緒に帰ろうよ」
「えっ」
「じゃあ部室棟の前で待ってる」

それじゃまたね、と颯爽と去っていく幸村くんを見送ってから、隣の遥が抑揚の無い調子でポツリとつぶやいた。

「改めて思うけどさあ」
「うん」
「あの幸村くんと付き合ってるって、なまえマジですごくない?」
「……夢かな?ってまだちょっと思ってる」
「てかやっぱ、幸村くんのこと好きだったんだ」
「す……うん…」

好きだったというか、それを幸村くんに自覚させられたというか…。

部活の後に帰るなら人も少ないし平気だろうか。
どうせもうしばらくすれば、幸村くんと付き合っているのが私だということはみんなに知れ渡るだろう。だからとことん隠すという気は無いのだが、あからさまに2人でいるのも気恥ずかしい。

もちろんそれに加えて冒頭で述べたように、私ごときが幸村くんの横に彼女ヅラして並んでも良いものだろうかという遠慮もある。


今日は久しぶりの部活だ。
いくらそのあとに幸村くんと一緒に帰れるというイベントが待っていても、基礎練メインの部活が億劫だということには変わりない。

しかも今日から仕切るのは私たちになる。
女テニは男テニとはやや異なり、学年一丸となって引っ張って行こうというスタンスなので、部長を筆頭に同学年全員がどこかしらで仕切りをせねばならないのだ。もともと私には仕切りなど向いていないが、そんなことも言っていられない。

そんな日だというのに、スコートの上に履くジャージを忘れたことに部室で気がついた。
動き回るので防寒的にはそんなに問題ないが、やっぱりこの時期にこの丈のスコートは目を引く。夏は自分たちもガンガン履いていたというのに、遥や希美は目ざとく見つけて私をからかってきた。子どもか!

イレギュラーはまだこれだけではなかった。

ラリー中にラケットに違和感を覚えてよく見てみれば、ガットが切れている。
私は今日、この一本しかラケットを持って来ていない。ということはつまり、これから男子コート近くの倉庫まで行って予備を取りに行かねばならない。

「あれ、みょうじじゃん」
「丸井くんこんにちは…」
「何お前、休憩中を見計らって幸村くん見に来たの?幸村くんならあっちだぜぃ」
「違います!」

たしかに部活中の幸村くんをじっくりと観察したいという気持ちもあるが、今は出来れば知り合いには会いたくなかった。更に言えば丸井くんみたいなタイプには特に会いたくなかった。

「ラケットの予備を取りに来たの」
「ふーん。あ、てか良かったな!」
「何が?」
「晴れて幸村くんの初カノ!だろぃ?」
「ああ…えっと、お陰様でどうも」
「そういやお前ら、後夜祭の最中に教室でやらしーことしてたって聞いたけど、幸村くんも顔に似合わずやるよな」
「……誰がそんなことを!?」
「赤也」
「別に何もしてないからね!切原くんにも見間違えですって言っといて」
「そうなん?てかお前何そのカッコ、もう秋だぜぃ」

結局スコートのことまで突っ込まれて、もう私のHPはゼロに近い。絡まれるにしてももうちょっとマシな人に絡まれたかった。

「お、みょうじなまえさんじゃ」
「うわ……」
「人の顔見てうわ、は無いぜよ」

これでもし仁王くんとか追加されたら、なんて一瞬よぎつったところにこれだ。
突然背後から現れた仁王くんは、倉庫をゴソゴソ探している私の頭からつま先まで見てニヤリと笑った。

「ほー、幸村に色仕掛けしに来たんか?」
「…その白髪引っこ抜きますよ!」
「ブフッ、仁王言われてんじゃんウケる」

一番マシそうなラケットを取り、紅白コンビに部活頑張ってくださいと告げて、女子のコートまで小走りで戻った。

後から基礎トレーニングのときにグラウンドを通ったら紅白コンビが走らされていてちょっと笑ってしまった。
一体何をやらかしたのだろう。

これが終わったら幸村くんに会える。
心中でそう何度も繰り返し、その日の部活をやり過ごした。
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