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「みんなお疲れ様。みんなの頑張りのおかげで一位を取ることができたよ」

いやいや、みんなの頑張りというか男子テニス部のおかげでしょう。目の前の幸村くんの言葉に、心の内でこうツッコミを入れる。


2日間にわたる海原祭もやっと終焉を迎える。
主に男テニのみなさんのおかげで収益は鰻登りで、結局わがテニス部の模擬店は部門賞1位をとってしまった。有終の美とはこういうことか。

しかし模擬店の時間が終わったとはいえ、まだ全てが終わったわけではない。後夜祭が残っている。

後夜祭は、海原祭の終焉をみんなで華やかに迎えようという目的のもとつくられたイベントである。ステージ企画や様々なコンテストが開催されるので、これを一番楽しみにしている生徒も多い。


今回の海原祭は準備期間も含めて、これまで平々凡々に生きていた私にとって怒涛の日々だった。

もちろん充実して楽しかったのは紛れもない事実だが、こんなに刺激的な日々はもう当分良いやと思えるくらいに私は疲弊していた。特に希美との一件はかなり肝を冷やした。
だから今はこうやって、体育館の隅で後夜祭を楽しむみんなを見ているだけで充分なのだ。


「みょうじさん、ここにいたんだ」
「あ、幸村くんお疲れ様!今年も爽やかな人ランキング1位おめでとう。ステージに上がってるの見えたよ」
「あー…見てたの?なんだか恥ずかしいな」

新聞部のアンケートで5年連続何かのランキングで1位を獲っているらしい彼は、もうさすがに慣れた様子でいる。
特に、爽やかな人ランキングでは中1からずっと不動の1位なのだとか。もし彼氏にしたいランキングや付き合いたいランキングなどがあれば、間違いなく1位だと思う。さすがにそんなに直接的な表現のものは無いけれど。

「みょうじさんが会計係を引き受けてくれて助かったよ」
「いやいや、柳くんがいたおかげだから」
「たしかに柳もよく働いてくれたけど、俺は今回のテニス部合同出店は君が居てくれたからうまくいったと思ってる」

いやいくらなんでも流石に褒めすぎだよ、と戸惑いつつも可笑しくて笑ってしまった。その言葉、彼にそっくりそのまま返したい。

「あ、もうそろそろフィナーレみたいだ」

ステージで流暢に話していたMCたちが締めの言葉を述べている。照明も一層派手になってチカチカしてきた。
眩しくて目を細めれば、周りの喧騒がほんの少しだけ遠ざかった気がした。

「海原祭が終わったら、またいつもの日々に戻るんだな」
「そうだね〜!テニスしてごはん食べて、遥たちと遊んで、あとたまに勉強して」
「そう思うとちょっと寂しいかな。今までは口実があったけれど、それがもう無くなるってことだから」
「うん。…うん?口実ってなんの口実?」

勉強しなくていい口実かな。いやいや、幸村くんは私と違って真面目だし違うか、とぼんやり考えていた時、突然ステージ横のスピーカーから爆音が流れ出し、おもわず耳を塞いだ。

ちょっと抜けようか、と幸村くんが言ってくれたので有難く彼の言葉に従うことにした。
そろそろ体育館の熱気にあてられて外の空気を吸いたいと思っていたところでもある。



「外涼しい〜」
「むしろ寒いくらいだね」
「そう?私暑がりだからなあ。幸村くんは寒がり?」
「そうだね、どっちかというと寒がりのほうかな。最近肌寒くなってきたし秋って感じだね」
「もうあとちょっとで10月だもんね」
「ああそうか、時が経つのは早いなあ」

本当にね、と呟く。

初夏の私は、幸村くんと知り合いですらなかった。
それが知人になって、さらに友達になって、挙句には文化祭で一緒に出し物をすることになってしまって、人生思いもよらないことがあるものだ。

教室に行かない?という幸村くんの提案に承諾して、私たちは校舎の階段を上る。昼間はあんなに人がいたのに、いまは嘘みたいにガランとしていた。

テニス部執事メイド喫茶の教室も例外なく閑散としており、装飾や食器は片付け終わったもののテーブルと椅子はまだそのままだった。

先に教室に入った幸村くんはおもむろに立ち止まって振り返り、「おかえりなさいませ、お嬢様」と私に微笑んだ。
茶番にも関わらず無駄に照れてしまって、心臓に悪いからやめてくれと頼むと、幸村くんは残念だなあと笑った。
彼が席についたのを見て、私も近くの椅子に座った。

「まさか俺もあの服を着るとは思わなかったよ」
「いやめちゃくちゃ似合ってたよ?」
「みょうじさんに見られたのも大誤算」

そんなこと言いますけど幸村くん、私なんてもう恥ずかしがる暇もないほどコスプレ姿を見られたんですが。

「それにしても装飾まで片付けちゃったのは失敗だったなあ」
「どうして?」

教室を見回して呟く彼に何故か尋ねれば、彼は躊躇いなく言い放った。

「だってせっかくこれから告白するっていうのにムードが無いだろ」

あっけらかんと笑う幸村くんだが、対する私は口を半開きにして彼をじっと見つめたまま動けない。

たしかに、たしかに文化祭後に抜けるといったら、告白というシチュエーションはありがちだ。
だけどまさか、彼がそんなことをするイメージは無かったし、ましてや私になんて…そんなことは微塵も思っていなかった。

「もしや冗談?」
「フフ、冗談に見えるかい?」
「う、ううん…」
「あれ、そんなに意外だった?」
「えっと正直に言えば、もしかして?って自惚れなかったと言えば嘘になるんだけど…」
「俺、バレバレだったでしょ。柳にも少し前に言われたんだ」

本当に今から告白しようとしてる?と思えるほど、幸村くんはいつも通りだ。

「いやでも、2学期になってからはそんなに連絡取ってなかったし、海原祭が忙しかったし、私の勘違いかなーって、思ったりして…。ま、まさか今日このタイミングだとは」
「フフ、清々しいほど正直だね」

幸村くんは更に続ける。

「俺、みょうじさんのことを好きかもしれないって自覚したのは割と前なんだけど、だからといって何をする必要も無いと思ってたんだ。このままでいても楽しいし、俺はこの海原祭が終わったら正式に高校テニス部部長になる。俺たちはこのチームで今度こそ全国優勝しないといけない、だから、」

今よりもっと忙しくなる。だからそんな暇は無いんじゃないかと思ってた、と彼はそう言った。
どうやら、幸村くんも自分と似たようなことを考えていたらしい。

「だけど、この海原祭で君を見ていたらさ、今のままで良いとか暇がないとか、そんなこと思っていられないくらい好きになっちゃったみたい」

そう言って幸村くんはまっすぐに私を見る。
私もまっすぐに幸村くんを見た。

「理屈と感情は違うってことだね」
「私、そんなに幸村くんに好かれるような要素ないとおもうけど…」
「みょうじさんは魅力的だよ。だから人が集まるし、そのせいで俺も独占欲が湧いてきちゃって。まだ君は俺のじゃないのに」
「え、ええっと、」
「だから、俺と付き合ってくれないかな?」

今まで淡々とした話し口だったのに突然改まるものだから、私の心臓は最高潮にドクドク脈打っている。

「あ、の」
「うん」
「ひとまず私の話をしてもいい?」

そう言った瞬間、幸村くんはクスッと笑った。我ながら突拍子も無い返しだ。

「立海に入学してテニス部に入ろうって決めたときに、コート見学に行ったんだけど、そのときに幸村くんをたまたま見たんだ」
「うん」
「こんなに綺麗にボール打つ人がいるんだー!って思って、それから私の中で幸村くんはちょっとした憧れになったの。周りからもあの人は凄い人だよって聞かされて、実は毎日拝んでました」
「拝むって、それは大袈裟だよみょうじさん」

幸村くんはさも可笑しそうに笑うけれど文字通り拝んでいました。
本当に合掌していました。

「だから幸村くんと初めて喋ったときは、緊張でどうにかなっちゃうかと思ったし、その後もしばらく慣れなかった。ていうか、なんなら今も緊張してる!だからその…つまり、」
「うん」
「私の幸村くんに対する気持ちは、憧れの延長かもしれなくて、自分じゃまだわからなくて…」
「うん」
「だけど、朝幸村くんがいたら嬉しくなるし、喋れた日は喋れたなあ…って思うし、あとずっと見ていたいなとも思うし、それに…なんでか幸村くんに近づかれると心臓が痛い」
「みょうじさん、それさ」
「うん」
「充分俺を好きってことだよ」

俯いていた顔を上げると、すぐそこに幸村くんの顔があった。
幸村くんは、まるで大切なものを見るかのような表情を浮かべている。

「全くみょうじさん、君さ、何言うのかと思ったらそんなの、ずるいよ」
「だ、だって…!」
「もう、途中でこっちが恥ずかしくなっちゃったよ」
「でもその…い、いいのかな…?バチとか当たらないかな?!」
「あはは、何言ってるの。俺と、付き合ってくれるよね?」
「……はい」
「うん、良い子だね」

幸村くんは立ち上がって私の頭を何度か軽くポンポン叩くと、目線を合わせてしゃがみ込んだ。

こんな近くに顔があるなんて、一体どうしよう。
無意識に椅子ごと後ずさっていたら二の腕を掴まれた。

余裕そうな幸村くんを前にしてドキドキしていたら、誰かが廊下をバタバタと走る音が聞こえてきた。
やばい、と距離を取ろうとしても幸村くんの手がそれを許さない。

「あーやっべえ携帯携帯!」

そう呟きながら慌ただしく入ってきたのは切原くんで、身を寄せた私たちに気づいた瞬間、持ち前の猫目を大きく見開いて固まってしまった。

そんな彼を一瞥して、幸村くんは笑みを携えたまま私の手を取る。

「えっ、ゆ、幸村ぶちょ、と…みょうじ先輩?え?」
「赤也、もうみょうじさんに髪の毛いじらせたりしたら駄目だよ。みょうじさんもいじりたいなら俺の髪の毛にして」

そう言って私の手を握る幸村くんは、意地悪く口角を上げる。
切原くん可哀想、なんて思っていたら、案の定彼は「あ〜えっと、お、お邪魔しました!」と肝心の携帯電話も持たず教室を出て行った。

「…俺、みょうじさんが思ってるよりずっと余裕が無いし、子供だよ」
「ゆ、幸村くん、その…近いよ」
「さっきもちょっと言ったけど、けっこう独占欲も強いから。よろしく」

そう言って幸村くんはにっこりと笑った。
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