16

「みょうじ、聞いているか」
「あ、聞いてる聞いてる」
「…もうこれで3回目だが」
「ごめん柳くん」

柳くんは呆れた様子も見せず私をじっと真正面から凝視した。
なに?と尋ねれば、いや、と視線を外す。

「女子というのはそう簡単に行かない生き物らしいと思ってな」
「…柳くんそのセリフ、キャラじゃないよ」
「もちろん昨日のお前たちの話だ」
「冗談だよ、わかってる」

あの柳くんがそんなことを言うのが可笑しくて少しふざけてしまったが、彼の言葉が昨日の私と希美のやり取りのことを指しているのはわかっている。

希美が言っていたことは、あながち間違っていないと思う。
たしかに私は幸村くんのことを意識していて、それでいて何も行動していない。意識していることを自覚して認めていても、そこから先を突き詰めて考えようとするとどうにも進まない。自分がどうしたいのか、それがわからないままでいた。
わからないなら今のままでいっか、となあなあにした結果現在に至るわけだが、たしかに今の希美から見たらそれはさぞかし腹が立つに違いなかった。

とはいえ、いくらイライラさせてしまっていてもこればかりは彼女が決めることではないし、さらに言えば口出しされる義理も無いのだ。これは私個人の問題でしかないのだから。

「はーあ」
「随分疲弊しているな」
「うーんまあ、考え疲れ?」
「先に言っておくが、今から2日目のシフトを変えることはできないぞ。周りが怪訝に思うだろうからな」

それはごもっともだ。だけどそれにしたって、丸井くん私希美っていうシフトは頂けないと思う。
一昨日決めたわけだから仕方ないとわかってはいるが、いくらなんでもタイミングが悪すぎる。

今朝、希美とは目が合ったけれど特に挨拶は交わしていない。それでも、険悪というわけでもなくて、お互いがどうしようと戸惑った挙句の行動、という感じだ。

朝は無理だったけれど、シフトに入る前にちゃんと謝るべきかな。
でも、一体何をどう謝れば良いんだろうのか。はっきりしない奴でごめんね?それこそまた嫌な思いをさせるのではないだろうか。


いつ謝ろうかなあなんて再び巡らせている間に、とうとう海原祭2日目が始まってしまった。
朝ごはん食べてないし、とりあえず何か食べるかと教室を出ようとして、遥にまたサッカー部の模擬店に誘われたので丁重にお断りしておいた。

「あ、エミコ」
「ああなまえ、おはよう。今から料理部行くんだけど、来る?おいしいご飯が安く食べられる」
「お供します」

即答したらエミコが「データ通り」と呟いた。どうも2.3日程前から女テニ内では柳くんの真似が流行っているようだ。みんな似てないけど。

「ごーめんごめんエミコお待た……あ」
「あ……希美おはよう」
「あ、うん、おはよう」

突然の希美の登場に狼狽える私と、おそらくまったく同じ心境であろう希美。
そんな私たちを見て、状況を知らぬエミコが小首を傾げている。

「あ〜エミコ、ちょっと待ってて。あの、なまえちゃん、ちょっと」

希美に連れられやってきたのは屋上へと続く階段だった。
屋上は閉鎖されているから誰も来ないので、畏まった話をするには持ってこいである。
エミコもフラフラ付いてきたけれど、まあいっか。

「あの、その…昨日のこと、なんだけど」
「ごめんね」
「…え?」
「希美が怒るのも無理はなかったと思う。せっかく話してくれたのに、ごめん」

あれだけぐちゃぐちゃしていたのにも関わらず、いざ希美を目の前にすれば言いたいことがまとまって、自分でも驚いた。
希美は目を丸くしたかと思うと、たちまち眉をハの字にして笑い出した。どうやら私が怒っていると思っていたらしい。

「わたしこそごめん、色々ひどいこと言っちゃって…。完全に八つ当たりだったよね。一晩考えて落ち着いた。
あのね、昨日あんなこと言っといて説得力ないんだけど…私がだめだった分、なまえちゃんには頑張ってほしいなって、ほんとに思ってるの」
「希美…」
「ずるいって言ったのは、その…見てる側のもどかしさって感じで。ごめんね、当人同士が口出すことじゃないってわかってるんだけど…」

希美がもごもごしていると、それまでずっと一歩後ろでやり取りを見ていたエミコが私と希美を交互に見て、口を開いた。

「それだけ希美はなまえがだいすきで心配ってこと?」

あっけらかんと言い放つエミコに、私も希美もぽかんとした。
加えてエミコは一言、お取り込み中悪いんだけどもうおなかが空いて限界、と呟いた。

「朝ごはん食べに行こっか!エミコ、希美」

うん!と満面の笑みで頷く希美に安堵しながら、3人で階段を降りた。


午前中は3人で料理部のブースへ行き、小一時間ほど学園祭の模擬店とは思えぬレベルのブランチを楽しんでまったりしていたわけだが、やはり仕事は避けられない。


本日最初のシフトの時間がやってきた。
私と希美は無事和解できたわけだが、丸井くんと希美はそうはいかない。見ているこっちがハラハラするくらいに、二人ともぎこちなかった。

「おい、雌猫」

私が変な客に出くわしたのは、午後1時くらいだった。

雌猫…?何じゃソレと思いつつ視線を反らせば、おい無視するんじゃねぇ、なんて言われて立ち止まる。
私なのか?と戸惑いながらも入り口へと近づいてみれば、先程の声の主である男の子は教室の中を見回して「テニス部の模擬店はここだな?」と尋ねてきた。

「そうです、ね」
「そうか。席は空いているか」
「はい、まあ」
「まあじゃねえ。仮にも店員なら早く案内しやがれ」

随分俺様な客もいるものだな、と改めてよく見てみれば、彼は相当綺麗な顔立ちをしている。
仁王くんみたいな系統の顔で、遥あたりが好きそうだなとふと思った。

「今の時間幸村はいるか?」
「え?幸村くんの知り合いですか?」

イケメンの友達はイケメン、類は友を呼ぶってことか。しかし生憎今幸村くんはいない。
その旨を伝えれば彼は静かに「そうか」と呟いた。

「…ありゃあ丸井か。相変わらず目立つ頭してやがる。向こうにいるのはジャッカル桑原だな」
「あなた、丸井くんたちともお友達なんですか?」
「ハッ、友達ってほどでもないがな」
「へえ。あ、ご注文お決まりの頃またお伺いします」
「…おい待て。随分愛想のねえメイドじゃねえの、アーン?」
「あっ忘れてた!おかえりなさいませ」
「…そういうことじゃねえが、まあいい」

イケメンだけどうるさくて変なのが来たな。これ以上自分一人では相手をしきれないと判断して、丸井くんを呼びつけて一切合切を押し付けた。

誰かが呼びに行ったのか、途中から幸村くんや真田くんが来て彼と少しの間話をしていた(お陰で近くの席の女の子たちがざわついていた)。
何者なんだろうと無意識に見つめていたら、視線に気づいたのか、例の謎の客は、遠くから再び「おい、雌猫」と私を呼んだ。
私べつに雌猫じゃないし、とスルーしてみたら、彼は眉間に皺を寄せチッと舌打ちをして、その横では幸村くんが見たこともないくらい笑っていた。

「おい、そこのお前」
「はい?」

雌猫ではなくお前、になったので、次は一応返事をしてみた。
どうやらお会計のようだ。
金額を伝えると、1万円を渡してきた。計算が面倒だなあと電卓を取り出す私に、彼は少し声をひそめて尋ねてきた。

「お前…幸村の女か?」
「……はい?」
「幸村と付き合ってんのかって聞いてんだよ」
「いえ、違いますが…。あ、9450円のお返しになります」
「フン、そうか…幸村のあの顔、あれはそういうことだと思ったんだがな」

まあいい、釣りは取っておけ、と言う彼を全力で引き止めて、無理やり手にお釣りを握らせた。
ちょっと不満そうに帰っていく彼を、「行ってらっしゃいませ、ご主人さま」と見送った。

あとから希美に聞いたところによると、彼は跡部くんといって、かなりテニスが強い方らしい。
顔も良くカリスマ性もあって、割と有名な人なのだそう。女子からもすっごく人気があるんだよ、と教えられた。
たしかに名前は聞いたことがあるかもしれない。あの人が跡部様なんだ。

それよりも、その跡部様に聞かれたことを思い出して、私は動揺していた。希美しかり、跡部様しかりだ。
たしかにそろそろ潮時かなあ、なんて思いながら、残っている仕事をこなしていた。
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