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先程より人が減ったとはいえ、忙しいことに変わりは無かった。
最初は、なるべく女性客でなく男性客のオーダーを、と配慮していたのだが、段々とそんなことを言っている場合ではなくなってきた。
とにかく人を捌くため、教室中を駆け回る。

とはいえ、執事ではなくメイドがオーダーを取りに来たときの女の子たちの残念そうな表情といったら、こちらも私なんかでゴメンナサイと謝りたくなるほどである。

一応女性客にはなるべく切原くんか柳生くんに行ってもらうようにしているものの、切原くんは友達が来る度に仕事を忘れてしばらく談笑してしまうので、そこで業務が一時ストップしてしまう。
つまり、実質執事の数は1.5人だ。

それよりも、私がさっきから気になって仕方がないのは…

「ねぇねぇ、切原くん」
「なんスか?えーっと、みょうじ先輩」
「せっかくの文化祭だし、髪型いつもよりかっこ良くしようよ」

この際、名前を一時忘れられていたことなんてどうでも良い。切原くんの執事姿はキマっているとは言っても、それは素材が良いからで、全体的に見たときになんとなく惜しい感じがしていた。
仕事をこなしつつ何だろうと考えていて出た答えが、髪の毛である。

新規客が来ていない今のうちになんとかするしかない。
私は切原くんを裏に連れ込み、ポーチから何本かヘアピンを取り出した。

「何かヘアワックス的なもの持ってる?」
「あ〜これしか」
「うん、これで平気」

髪の毛の片サイドをピンで留めてワックスで全体的に調整すれば、違和感は一瞬で吹き飛んだ。
元が良いと流石だなーと手鏡を渡すと、切原くんはオオ〜と目を輝かせる。

「すっげえ!やるっスね〜!」
「うん、いいね。赤也、良かったね」

タルトにフルーツを乗せ終わった幸村くんが、手袋を外して近づいてくる。

幸村くんが褒めてくれるならば、これで間違っていないだろう。
出来栄えに満足し上機嫌で仕事に戻ろうとしたら、幸村くんがいつもの笑顔で「待ってよメイドさん」と私の腕を掴んだ。

「俺も料理するのに前髪が邪魔でさ。よろしく頼むよ」

そう言って前髪を差し出すように、幸村くんは軽くこうべを垂れる。
その瞬間、心臓がうるさく高鳴った。ここは裏の調理スペースだから周りに見られる心配は無いのだが、後輩である切原くんならともかく、幸村くんにやるのはどうも気が引ける。
それに今までずっと普通に調理できてたじゃないか。なんだってそんな。

「でもあの、幸村くんは背が高いから届かない…かな」
「じゃあ屈めばいい?はい」
「あっ待ってお客さん来た、悪いんだけどコレ、あの、はい!!」

ピンだけ渡して再びカーテンをめくり、逃げるようにホールへ戻る私を見て、切原くんが不思議そうな顔をしていた。



そうして、海原祭1日目は滞りなく進んでいった。

切原くんがオーダーされたドリンクを床にぶちまけたり、エミコがあんまりにも笑わないのでむしろそれが男の子たちの評判を呼んで客が増えたり、真田くんが大声で応対して女の子を一人半泣きさせてしまったりと様々なことがあったけれど、特に大きなトラブルは無く1日目を終えることができた。

「うわ、すっごい売り上げ。今日だけで元は取れたんじゃない?」
「そうだな。データ通りだ」

ほとんどが帰宅したが、私と柳くんは会計業務、幸村くんと遥は実行委員会への報告のために残っていた。

幸村精市とふたりで本部に行かねばならないなら、女テニ次期部長など引き受けるんじゃなかった、と遥がビビりながら本部のある会議室へと向かっていったのがついさっきだ。
一方で、私は夕暮れの教室で、全立海女子の憧れ・柳蓮二と二人きりだなんて、三年のお姉さまたちから反感を買いそうだ(彼は年上から一番人気がある)。

仕事も済んだしそろそろ帰ろうと身支度をしていたときだった。
廊下から誰かが走って来る音が聞こえ、教室のドアが勢い良く開いた。私も柳くんも同時にその方向を見る。

「あ…なまえちゃんと…柳くん…」
「希美?どうし…」

最後まで言葉を紡ぐ前に、希美の様子にぎょっとした。
泣いている。

どうしたの?ともう一度尋ねれば、希美はなんでもないよ、と俯いた。
そんな顔でなんでもないわけあるか!とおろおろしていると、隣に座っていた柳くんが表情を変えることなく席を立った。

「では俺は先に失礼する。二人ともまた明日」
「ああ、うん。またね」

なんとスマートな男なんだ…しかし悠長に感動している場合ではない。
希美にとりあえず椅子に座るよう促すと、希美は笑顔を作って頷く。

「あ、なまえちゃん今日ごめんね、シフト代わってもらっちゃって」
「ううん、全然平気だよ」

こういう場合、どうしたのと突っ込んで聞いてあげるのが正解なのか、それとも黙っていてあげるのが優しさなのか。これ以上なく脳みそを使っていたさなか、先に沈黙を破ったのは希美だった。

もしかして丸井くんと何かあったかな、と勘繰った私の予想は的中していた。協力してくれたなまえには知る権利があるよね、と希美は話し出した。

「なまえには言ってなかったけど、わたしね、中2のときブン太と付き合ってたんだ」
「え、そうなの?」
「うんまあ、たった2ヶ月だけどね」

丸井くんは中学だけで彼女が5人、高校に入ってから2人と付き合ったということは知っていたが、まさかそのうちの一人が希美だったとは知らなかった。

「お互い部活が忙しくてまあ…別れたんだけど、わたしそのあともずっとブン太のこと好きで。だけど、またヨリを戻して欲しいなんて言えないし、言ったところで…って思ってて」

それだけ丸井くんのことが好きだったんだろうと察する口ぶりの彼女に、私はただ相槌を打つことしかできない。

「で、もう高2になって…海原祭でちゃんと活動できるのも最後で…。もうだめかな〜って思ってたときに男テニと合同で模擬店を出そうって案が出てるって部長から聞いて。これがラストチャンスかなって思って、部長に通してもらえるように頼んだの」

部長、最初は渋ってたんだよね〜、と希美は眉を下げて笑う。それを聞いて妙に納得がいった。男テニとの接触をあまり好まない部長も、可愛がっている後輩に懇願されては断れないだろう。

「今回はわりと、ううん、かなり積極的に頑張ってみた。話し合いのあと一緒に帰ろうって誘ってみたり。ブン太は優しいからいつも、おういいぜって言うんだよ。今思えばまあ、わたしは元カノなわけだし、向こうもそこまで警戒してなかったんだと思う」
「告白、したの?」

遠慮がちにそう尋ねれば、希美は俯いて頷いた。

「今日言うつもりじゃなかったの。海原祭が終わって、もっと確信が持てるようになったら言うつもりだった。だけど、さっきブン太に会って二人で話してたら…やっぱり言うなら今かもって、思っちゃって…」

きっと彼女のタイミングが間違っていたというわけではないんだろう。きっと希美も、それに薄々感づいていたんだろう。

「そっか……よく頑張ったね」
「あはは…」

何と声をかけるべきかわからなくなって、少し上からの物言いになってしまったのを後悔した。
反応が無いことに不安を募らせていると、希美は視線を落としたまま呟いた。

「なまえちゃんは、いいよね…。何もしなくても幸村くんに好かれてるもの」
「いや…そんなこと、ないよ」
「余裕で…いいよね」

いつも明るい希美が、そんなことを言うなんて思ってもみなかった。
二人のあいだに無言が生まれる。

「わたし、今のなまえちゃん見てるとイライラするな。幸村くんを気にしてるのに、何にもしない。意識してるくせに、何でもないふりしてさ」
「だって、私は…」

ここまで言ってから、だって私は、この続きはなんなんだろうと思った。その先が出なくて逡巡している私を一瞥して、希美の顔が悲しそうに歪む。

「わたしは、中等部から今までずっと同じ人を見てたのに…。どうしてこうなの……。ずるいよ、なまえちゃんは…」

再び頬に一筋涙を携えて、希美は早足で教室から出て行った。

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