14

あんまりお客さんがいっぱい来ても回せないので、いっそ雨にならないかなあなんて思っていた。
のに、文化祭1日目の朝は見事な秋晴れだった。

起床しカーテンから漏れる朝日に絶望した私は、窓越しに太陽を睨みつける。
店の収益を上げるという意味ではそりゃあ人は多く集まってくれたほうがいいのだけれど、その分舞い上がる女の子たちを捌かないといけないのは、少々…いやだいぶ骨が折れる。

結局、執事服のタイ2つは女子だけで割とすぐに作り上げられたし、メイド服2着のリメイクも丸井くんを筆頭にしてなんとか完成させることができた。
メニュー決めのほうも、お菓子作りにも慣れているらしい丸井くんが会議に加わったことでスムーズに進んだし、材料はちゃんと予定数搬入したし何度目も試作会をしたし、どう考えても完璧である。

今回は本当に、丸井くんと幸村くんのおかげでここまできたと言っても過言ではない。

もう心配するなど何も無い、と言いたいところだが、

「おかえりなさいませ!!」
「お、おかえりなさいませ」
「真田は威勢が良すぎてお客さんがいなくなっちゃいそうだよ。みょうじさんは、うーん…」
「なんか…笑顔が胡散臭くなか?」
「仁王くんに言われたくない!」

一番胡散臭い奴に胡散臭いと言われたのがショックでつい声が大きくなる。
仁王くんはそれはもう面白そうに、口を手で覆って笑っていた。

「まあでも慣れれば大丈夫だと思うから。真田はいつもより小さな声で喋ってくれればOK。中3のときに君のクラス、執事喫茶みたいなのやってたでしょ、それを思い出して」
「む、そうだな」
「よし、じゃあそれぞれシフト忘れないようにね。今日は頑張ろう」

真田くんと共に接客の最終指導を受けたことで、若干の不安を抱えつつの幕開けとなった2度目の海原祭である。
エミコだって顔笑えてなかったのに何で私なの!と内心ちょっと憤慨しているところだ。

私のシフトは、一日目も二日目もホール1回、キッチン1回だったので、良かったと胸を撫で下ろした。
何度も着たくないと駄々を捏ねて却下されたわけだから、もうむしろメイド服でも何でも着てやるぞくらいの気持ちではいたが、やっぱり着る時間は少ないに越したことないし。

おそらく幸村くんが決めたのだろう。全体的にうまくできたシフトだ。
切原くんがずっとホールなのは明らかに意図的だと思うが、一方で幸村くんはほとんどキッチンだ。ちょっとずるい気もするけど、幸村くんが一番頑張ってくれていたのだし文句は言えない。
彼目当ての女の子がちょっと不憫な気はするけど。

「なまえちゃんもっかいやって、いらっしゃいませって」
「いやいやこれでもエミコよりましだからね!」
「エミコはなんか〜逆に?無表情なのが味っていうか?なまえちゃんは、フツーに下手っぴでおもろいよね!」

私の横でけたけたと笑う希美を見て、希美は接客の心配なんて何も無さそうで良いなあと羨ましくなる。自分も頑張ろう、と意気込んだときに、希美が小声で耳打ちしてきた。

「ねえあのね、なまえちゃんにお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「お願い?なに?」
「今日のわたしのここのシフトとなまえちゃんのここのシフト、代わってほしいの」
「こことここ?別にいいけど」
「ほんと?ありがと〜!」

やった!とガッツポーズをする希美に、でもなんで?と理由を尋ねると、希美は「そこは察してよ〜」と笑った。
何か用事があるの?と尋ねると、ふるふると首を横に振るので、ということは同じ時間帯のシフトの丸井くんか柳生くん、桑原くん、真田くんの誰かと一緒になりたいってことなのかなと考える。
妥当に丸井くん?と尋ねてみれば、希美はしーっと口元に人差し指をあてがった。

そうだったのか、全然気がつかなかった。そうこぼすと希美は「特に隠してるわけじゃ無かったけどね」と笑った。



シフトを交換したはいいものの、せっかくあまり人が来なさそうな午前中の時間に入る予定だったのが、昼時になってしまったのは残念である。
暇だし、誰かと適当に海原祭を回るかと遥を捕まえたのがいけなかった。

「はぁ…なんで私まで」
「ごめんってなまえ、なんか奢るから許して」

今現在暇なのが私しかいないからって、遥の彼氏の模擬店に行くのに付き合わされるなんて、朝からツイていない。
サッカー話には知り合いが誰もいないので色々と気を遣う。


サッカー部の模擬店に到着するや否や、部員の皆さんが遥を見つけて騒ぎ出す。
そういえば去年もこんな感じだったような、とクレープを頬張りながらぼんやり考えていたら、これまたデジャヴで彼氏さんから仰々しく挨拶をされてしまった上、他の部員さんからも次々に話しかけられた。サッカー部、チャラくてちょっとこわい。

無難な感じで挨拶やら会話やらしながら遥たちのやり取りが終わるまで待っているわけだが、一向に終わらない。終わる気配すら見えない。
クレープもそろそろ食べ終わりそうだしどうしたもんかな、とふと辺りを見回すと、思いもよらない人物が私に手を振っていたものだからクレープが気管に詰まりそうになって咳き込んだ。

「げほっげほっ…」
「おー大丈夫か、アホやのう」
「な、んで仁王くん…げほっ、今シフト中じゃないの…」

サッカー部の面々が「テニス部の仁王だ」とざわつくのも気に留めず、彼はフラフラと私に歩み寄る。
仁王くんは横目で遥を見遣ってから、私に「お嬢さん、暇なら俺と遊ばん?」なんて、いつの時代のドラマのセリフだよみたいな台詞を吐いてきた。

やっぱりこの人は意味がわからないなぁと呆れながらも、それでもこの状況よりはマシだろうと判断して、とりあえず仁王くんについて行くことにした。

「んでお嬢さん、どこか行きたいところは?」
「うーん今はあんまり。とりあえずパンフレットが欲しい」
「なら今から覗きに行くぜよ。面白いものが見れる」
「覗きにって、どこに行くの?」
「どこってそりゃ、」

執事メイド喫茶。と言ってのける彼に、えっ?と聞き返すが、仁王くんはこれ以上は何も言うまいとばかりに肩をすくめる。

仁王くんと一緒に店に戻ると、文化祭が始まってまだ30分程だというのに教室の前には既にずらりと列が出来ていた。
並んでいる子たちが皆教室の中の一点に視線を注いでいる。予想を超える光景に呆気にとられる私の耳元で、仁王くんは小声で言う。

「この女子たちはみんなアレが目当てじゃき」
「え、あれって…」

シフト表にはキッチンの欄にしか名前が無かったはずの幸村くんが、なんと執事服を着て接客をしているではないか。
何事なのと仁王くんに尋ねれば、ホール担当だった柳くんが急遽生徒会のほう行くことになり、その代わりなのだ、と説明された。

「幸村、連れてきたぜよ」
「あ、仁王ありがとう。みょうじさんごめんね」

ん?ごめんね?ごめんねとは?
混乱する私を引っ張って、仁王くんは後ろのドアから裏の調理スペースに入る。エプロンを渡されてしばらく固まってしまった。

「えっとこれは…手伝えってこと?」
「ご名答。キッチンに入れとさ」
「なら最初からそう言ってくれればいいのに」
「幸村の執事姿見てからのほうが、やる気出るじゃろ」

なんじゃそれ!まあでもその通りだよ!


「幸村くん、あの…その服、死ぬほど似合ってるよ」

幸村くんが食器を持ってキッチンに来たとき、思ったことをそのまま言ってみた。

「フフ、死ぬほど?ありがとう」

もはや普段着なの?というくらい執事姿が似合う幸村くんをもう一度チラ見する。
向こうのほうで意地悪く笑う仁王くんが視界に入った。




次のシフト交代時刻になる頃には客もなんとか落ち着いてきて、自分のホールシフトの時間になる。

同じ時間帯のシフトは、ホールに柳生くんと切原くん、私と女テニの後輩、キッチンに幸村くんと男テニの後輩だ。
ホールに少なくとも2人は残るように順番に更衣室で着替えを済ます。更衣室と言っても、教室の隅にカーテンで仕切られただけのスペースなのだが。

「この格好寒っ」
「お、先輩そのカッコ、めっちゃ似合ってるっスねぇ」
「ありがとう切原くん…」

普段やんちゃという噂しか聞かない彼も、執事の服装をすれば男前になるものだなと無意識に見つめていたらしい。
ちょっとちょっと先輩ってば見惚れちゃいました?なんて生意気にも言うものだから素直に頷くと、否定されるという前提の下だったのか、彼はちょっと戸惑った様子でこめかみを掻いた。

「わあみょうじさん、すごく可愛いよ。似合ってる」
「また幸村くんは恥ずかしげもなくそんなことを…」

すっかり制服姿に戻ってしまった幸村くんは、私を見るなり満面の笑みで褒めてくれた。こんなに手放しで褒められると恥ずかしい。

この時間帯は俺がキッチンだから何かあったら言ってね、と微笑む幸村くんに頷いて、私はオーダー表を持ってフロアへと続くカーテンを控えめにめくった。
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