13

「柳くん、あの…必要経費を計算してみたんだけど、これさ…」
「ああ、足りないな」

数学が得意だというだけの理由でうっかり会計担当になってしまった私は、今男子テニス部の参謀・柳くんと共に予算の割り振りをしている。

書類の予算のページに記してある数字は、執事とメイドの衣装をそれぞれ2着用意するとしても確実に足りない額だ。

「みょうじが『やっぱ普通の喫茶店でいいんじゃ?』と考えている確率、87%。そしてそれは出来ない。既に生徒会に報告を済ませてあるからな」

柳くんは顔色ひとつ変えない。

「となると、衣装費を抑えるほか無いだろうな。女子はブラウス、男子はシャツを自前のものにし、タイは作れば良い」
「そうだね、そのあたりは何とかできそうだけど、背広がなあ…。あと女子のスカートとエプロンも…。いっそメニューをもっと少なくする?」
「丸井にそんなことを言ってみろ。じゃあ俺抜けるわ、と大暴れするぞ。それに、執事やメイドが接客をしてもメニューが貧相では拍子抜けだろう」

それもそうだ。しかし、それではまだ予算から足が出てしまう。
何なら執事の服なんて着なくても、この人たちがいればお客さんなんて集まるだろうに。

「じゃあ女子の衣装は適当なやっすいやつ買って、ちょちょっとリメイクすればいいんじゃね?俺天才的ィ!」
「あ、丸井くん…」

リメイクかあ。
男子のタイを作るのでさえだるいのに、と顔を曇らせると、丸井くんはおい、と私の頭にチョップする。

「え、いたい!」
「全部イチから作らないだけマシだと思えっての」
「リメイクって、そんなセンス持ち合わせてるひとは女テニにいませんけど…」
「任せろぃ、俺が天才的にリメイクしてやるぜ!」
「あっじゃあリメイクは丸井くんの担当で」
「てめー俺に全部やらせる気かよ」
「いたた、髪引っ張った?!この人!」

そんな丸井くんを横目に、柳くんは一呼吸置いてから「聞きたいんだが、」と切り出した。

「お前たちはいつからそんなに仲が良くなったんだ?」
「は?別に仲良くねーけど」
「仲良くないですけど、いたた!」
「お前に言われんのはなんかムカつくんだよな」
「横暴すぎ!」

ちょっと丸井くんってなんなの、いじめっ子かよ!本当にそこまで仲良くないのに突然のこの絡み方は横暴としか言いようがない。

「ていうか丸井くん、なんでここにいるの!」

いまは会計の仕事をしているわけで、丸井くんは会計係ではないのだからこの場に必要ない。むしろ向こうでやっているメニュー決めに参加してほしいのに。
邪魔だという視線を向けると丸井くんは頬杖をついて、ええ〜と口を尖らせた。だから女子かって。

「だってあっち居づれえんだもん」
「居づらい?どうして?」
「女子は真田にビビってっし、仁王はいつも通り適当だし。まー柳生がなんとかしてっけど」
「丸井くんも行きなよ…スイーツがいいって言ったの君でしょ…」
「あんな初めてのオフ会みたいな空気、勘弁だわ」

振り返って様子を伺ってみたが、彼の言葉は割と的を得ているようだった。丸井くんがここにいるのは、こっちにいたほうが断然楽だと踏んでのことだったのだ。

幸村くんがいればもう少しまとまるんだろうな、と考えた矢先に教室の扉がガラッと開いた。


「どう、会議は捗ってるかな?」

すかさず、アイコンタクトであちらの様子を伝える柳くん。
私たちと真田くんたちを交互に見てから、幸村くんは困ったように笑った。

「執事服の背広は演劇部から借りられたよ」
「幸村くんってほんとすごいな…」

生徒会に報告に行くついでに演劇部に交渉しに行ってたなんて。そもそもそんな考え全然思いつかなかった。

「メイド服も借りられたんだけど、その…ちょっと丈感がね」
「どんなやつ?」
「これなんだけど」

幸村くんが紙袋から取り出したメイド服は、いかにもといったフリフリがついた超ミニ丈スカートのものだった。
これは…パンツ、見えちゃわない…!?

「うわすっげえ!めっちゃ良いじゃん!」
「う、うーん?たしかに幸村くんの言う通りちょっと丈あやしいけど…」
「んーまあ短いっちゃ短いけど、長すぎるより良くね?ちょっとみょうじ着てみろぃ」
「ぜっっったいヤダ!」

丸井くんと私の口論をまあまあ、と制しながら、幸村くんはそれを紙袋にしまう。

「丈の部分だけリメイクしようか。丸井、裁縫得意だったよね?」
「あーまあ、天才的な俺の手にかかりゃ、こんなんすぐだけどさぁ。もったいねー!」
「頼むよ、俺も手伝うから」

幸村くんにそう言われては断れないのか、丸井くんは素直にわかった、と首を縦に振った。
まるで猛獣使いだな…と感心してしまった。

「で、問題はあっちだな」

幸村くんは紙袋を丸井くんに渡して、教室の後ろ側のメニュー班のほうに近づいて行った。

「調子はどうだい?」
「幸村か。ひとまず候補は一通り出した」
「えーと…フルーツタルト、プリン、ショートケーキ、チョコレートケーキ、レアチーズ、あんみつ、大福、羊羹、わらび餅…。なるほどね。いいね、美味しそうだ。ここからもう少し絞るんだよね?」
「はい。和菓子はとにかく餡子さえ確保してしまえば使い回しやすいですし、洋菓子もタルト生地さえあれば色々なメニューが作れそうです。洋菓子と和菓子それぞれ4つほどがベストなのでは…と。そう考えていたところですよ」

柳生くんの言葉に、幸村くんがうんうんと頷く。

「そうか。そしたら差し当たっては目標8つにして、レシピを確認してからコストを計算して決めるのが良いね」
「そうだな。では明日までに各々メニューの作り方を分担して調べてくることにしよう。今日はここまでにするか」

真田くんの言葉に、緊張していた女子陣がわかりやすく安堵の表情を浮かべる。
幸村くんは眉を下げて苦笑いしていた。

「みょうじさんも、今日はもう終わりでいいよ。お疲れ様」
「うん、幸村くんもお疲れ様」

衣装は演劇部のおかげでなんとかなりそうだしメニューも決まりそうだし、これでなんとか予算も組める。


こっちをチラチラ伺っている遥たちに待ってーと声を掛けて、急いで合流する。
遥やエミコ、後から来た1年生たちもかなり疲弊しているようだった。

「ん、そういえば希美は?」
「なんか先帰っててって」
「そっか。いや〜それにしてもお疲れ」
「ほんと疲れた〜!真田くんいるだけでめちゃめちゃ緊張すんの!」

そうだろうなあと相槌を打ちつつ、鞄を肩にかけ直す。
なんだか部活よりも疲れた気がする。

階段を降りている途中で、踊り場のコルクボードの「海原祭予算仮表提出について」という貼り紙が目に入った。
一応見とくか、と立ち止まって確認した私、えらい、何てえらいんだ。

「えーっと、仮表提出期限9月17日…?え、ねえ遥、今日何日?」
「17でしょ?」
「…は?マジ?!」

期限の下には【全クラス・全部活提出のこと。〆切は18:00厳守です】と太いゴシックフォントで書かれている。18:00?と携帯で時間を確認して、思わずうそでしょ、と呟いた。

「ごめん、先帰ってて!」

遥たちにそう声を掛けて階段を駆け上る。

今まで出し物の会議をしていた3-Dの教室のドアを勢いよく開けると、少し驚いた表情の幸村くんと何故かニヤリと笑う柳くんと目が合った。

「どうしたのみょうじさん、忘れ物?」
「いや、えっとそうじゃなくて…あの仮…仮の…」
「落ち着いて、ゆっくりでいいよ」
「お前が再びここに来る確率は40%だったのだがな」

立海のデータマンはそういう確率も計算しちゃうのか、なんだか恥ずかしい。
息を整えながら鞄を机の上に置く。

「予算の仮表!今日までなんでしょ?あと15分しかないよね?」
「ああ、それならほら」

机の上にある書類を一枚提示して、幸村くんはにっこり笑った。綺麗な字で埋められ、半分以上完成している仮表がそこにはあった。

「え…これなんで…幸村くんが書いたの?」
「柳と考えたんだよ。仮だしまだ大雑把にでいいから俺たちでやっちゃおうと思って。もう完成するよ」
「そ…っか」
「フフ、わざわざ戻ってきてくれたの?」

わたしの仕事をやってくれて有難いし、幸村くんも柳くんも純粋に笑っているけれど、これじゃ駄目な気がした。
いつも私は面倒くさがりだけど、こればかりは何だか違う気がして口を開く。

「ほんとに有難い、けどでも、幸村くんが全部そうやって気を回すことない!」
「え?」
「幸村くんはすごいし頼れるけど、そこまですごくなくていいんだから!」

すべて言ってしまってから、あんまり言い方が良くなかったかもと後悔した。
もっと違うマイルドな言い方があった気がする。

「えーっと、それは俺のことを気遣ってくれているってことで合ってるのかな?」
「あ…えっと、まあ…そんな感じ」
「フフ、じゃあこれからは君にももっと仕事をあげないとね。俺の分の仕事も受け持ってくれるよね?」
「そ、それで幸村くんが楽になるなら…!?」
「あはは、冗談だよ。ありがとう、みょうじさん」

顔を引き攣らせる私と、楽しそうに笑う幸村くんを、間の柳くんが交互に見ていた。

結局予算の仮表は3人で提出しに行くことになり、帰る頃にはすっかり下校時刻を過ぎていた。

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