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新学期が始まり、それから2週間ばかりはこれといって特筆すべきこともなく平穏な日々を過ごしていた。


立海の秋といえば海原祭である。
9月も半ば、そろそろ海原祭に向けて動き出す頃だ。

まだ立海2年目の私は対して強い思い入れが無いが、立海生はやけに海原祭に力を入れるなあと思う。大学部の学園祭と同時期に開催するせいもあって人出がものすごいので、海原祭は立海の一大イベントなのだ。

クラスの出し物に加え、部活に入っている生徒は部活ごとに出店する模擬店にも参加せねばならない。
わが女子テニス部の部長は、部活後に私たちを集めてとんでもないことを言い放った。

「もうすぐ海原祭でーす!昨年ウチはお好み焼き屋をやったわけだけど、今年はなんと!喫茶店に決まりました!イェーイ!」
「えーっ変えちゃうんですか〜お好み焼きめっちゃ楽なのに〜」

部長の言葉に被せる勢いで希美がそう叫ぶ。「小麦粉に水と卵とちょっとキャベツ混ぜるだけで300円!最高ですよ〜」とうっとりする希美を、1年生が苦笑いして見ていた。

確かに他の模擬店より確実にコスパが良かったと思う。私は材料を混ぜる作業しかしなかったから余計に。

「しかもね、なんか男テニと合同でやることになっちゃった、ゴメン!」

そうヘラヘラと笑う部長を、みんな目を丸くしながら凝視する。
一体何故そんな流れに…とみんなが困惑する中で、遥がすかさず部長に尋ねた。

「なんで今年だけ?去年まで別でしたよね?」
「まあ錦が女好きだからじゃん?あいつモテないくせにな〜」

えっそれだけ?とみんなが顔を見合わせる。部長は、ホント錦うけるわ〜とケラケラ笑っているままだ。

「って言っても、私ら3年は一応受験じゃん?だから実質あんたたち2年が主体ってことになるから。よろしくね!」

実質最後の学園祭がこうなるなんて、誰が想像していただろうか。
希美が変わらず笑みを浮かべている一方で、エミコの目は死んでいるし、それぞれ思うところがあるようである。

いくらイケメンを拝めるにしたって、それではカバーしきれない面倒臭さがある。
男テニは人数が多いからシフト決めも複雑だろうし、そもそも男女で交流がまったく無いし、何より女の子たちの目が痛いし…考えれば考えるほど問題は出てくる。

「はい!部長!準備だけやって、当日出ないっていうのはアリでしょうか」
「アハ!立海2年目なのに達観してんねー、なまえは!」
「だ、だって…」
「エミコは絶対参加ね。去年あんたがこぼしたせいで小麦粉半分無くなったからね!」

3年の先輩たちは他人事なわけだから、それはもう楽しそうにしていらっしゃるが、実際参加する側はとてもじゃないがそう楽観視できるはずもない。

とりあえず会議はこのあと18時からだから、とこれまた部長はサラリと言い放った。あと10分しかない。
2年全員、これまでにない速さで部室から出た。



「失礼しまーす…」
「あ、練習お疲れ様。待ってたよ」

ドアを開けて中を伺うと、ミーティングルームの前列に座る幸村くんがふわりと笑うのが見えた。
ようやく慣れたのか、幸村くんや桑原くんへの抵抗はもうあんまり無い。
が、その他のメンバーは別である。

突き刺さる他のレギュラー陣の視線がいたたまれない。
お待たせしてすみませんでした。

「女子レギュラーはこれで全員かな?」
「あ、1年が2人いるんだけど、今顧問に呼ばれてるから先に始めててって」
「なるほど。それじゃあ始めようか」

全員が着席したタイミングで幸村くんが黒板の前に出てきて、教卓に手をついた。まるで本物の先生みたいだな、と無意識に凝視していたら目が合って微笑まれてしまった。

なんか恥ずかしい。

「海原祭についてだけど、みんな聞いた通り、今年ウチは男女合同で喫茶店をやることになった。錦部長の進言なんだけど、みんな異論は無いよね?」

そう言って教室を見回す時期部長、もとい神の子。彼に逆らえる者などいるはずもない。
あの真田くんですら、どう考えても嫌だろうに何も言わずに腕組みしたままだ。

「でも喫茶店って言っても、どんなコンセプトのもとでやるのかを決めないといけないから、それを今から決めようと思うんだけど、何か意見はある?」
「はーい、喫茶店っつったらスイーツだろぃ」

すかさず挙手したのは丸井くんである。

「丸井らしいね」
「あの、スイーツなら和菓子がいいです…」

エミコの呟きに、丸井くんが「おー和菓子もいいじゃん」と笑った。エミコが発言するなんて、と驚く私たちをよそに議論は進んでいく。

「はい」
「はい、仁王」
「メイド喫茶」
「仁王くん、あなたはなにを…」

ニヤニヤする仁王くんを咎める柳生くんに構うことなく、幸村くんは復唱しながら迷うことなく黒板に記し始める。
よくもまあそんなわけのわからない案を挙げられたものだ。幸村くんも普通に書いているけれど、良いの?!
だってそもそもメイドということは、私たちがメイドになるということで……あれ?もしかして、男テニもメイドさんになってくれるの??

そうだ、というか男テニの方々が接客をしたほうが絶対的に売上は良いのであって、むしろ私たちが表に立つ必要が無いわけだ。

「はい」
「どうぞ、みょうじさん」
「だったらホスト喫茶か執事喫茶でいいと思います」

言い終わるや否や、仁王くんがブハッと笑い出した。真田くんが何だそれはとでも言いたげな表情を浮かべている。

「仁王とみょうじさんの案は、片方が裏方をやるってことかい?」
「そーじゃ。柳生のメイドなんて見たくないし」
「仁王くん、ふざけるのはやめたまえ」
「うーん、片方が確実に裏方っていうのはどうかな」
「決めんのめんどくせーし、もう全部やっちまえばいいんじゃないっスかねえ」

男テニ1年唯一のレギュラーである切原くんは、一番後ろの席で頭の後ろで手を組みながらそう言い放った。
そうだな、なんてまさかの真田くんも賛同し出し、いんじゃね?と丸井くんが軽いノリでオッケーサインを出す。

女子はというと、私も含め混乱真っ只中で、誰も反論することが出来ない。

「ってことは、執事メイド喫茶にして、和菓子洋菓子どちらのメニューも置くってことかな、赤也」
「そーっス!」

ホスト喫茶がよかった…と呟く遥に、私もと同意をしておく。
真田くんが承諾してしまっては、代案も無いのにひっくり返すことはできない。挙句に希美が、私たちはそれでオッケーでーす!なんて言ってのけるものだから、そこからはトントン拍子に話が進んでいった。

「ちょっと遥、お願いだから私の代わりに反論して…女テニ時期部長でしょ…」
「立海において女子テニス部に人権はないのよ」

かくしてわたしたちテニス部は、海原祭で執事メイド喫茶なるものを出店することになってしまったのだった。

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