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そこからは実を言うとあんまりよく覚えていない。

まあ夕飯を済ませて予定通り映画を観たわけなのだけど、その映画が微妙なところで終わって複雑な気持ちでいたら画面いっぱいに「後編 12月上映」なんて出てきたものだから、そうきたか〜!と驚いたのは記憶にある。
正直映画の内容すらハッキリとは思い出せない。

もしこれでまた一緒に後編を観るみたいな流れになったら、とそこまで考えて、いやいや何か期待してるみたいじゃんと恥ずかしさから表情が強張り、幸村くんに心配されてしまったのも覚えている。


しかしよくよく考えてみると、私は一体何をそこまで動揺しているんだろう。

幸村くんが私のことを好きだったなんていう衝撃発言をしたとはいえ、小学生のときの"好き"なんて"お友達になりたい"の同義語みたいなものだ。

第一、彼も「話したことは無かったけど、なんていうんだろう、いつも視線で追ってた感じかな」と言っていたじゃないか。そんな存在は、私にだって何人かいた気がする。小学生ってそんなものだ。

おそらく私が動揺したのはその発言だけでなく、その後の幸村くんの態度なのだ。
彼はこちらが戸惑うくらいに私のことを女の子扱いしてくれる。

こうも優しくされるとさすがの私でも、幸村くんって私のこと好きなんじゃ?なんて思ってしまうわけで。

「いやいや、それもうあんたのこと好きでしょ。好きでもない子にそこまでしないでしょ、さすがに」
「いやでも、幸村くんはするのかもしれないじゃん」
「いや、しませんね。何なら幸村くんに聞いてきてあげようか?"あのもしかして、何とも思ってない子にもそういうの言ったりします?"って」
「え?!ちょっとやめて!」
「冗談だって」

遥にありのまま報告した私が馬鹿だった。遥は机に頬杖をついてニヤニヤと笑う。

それはそうと昼休み終わっちゃうんじゃない、と言われてハッと気がついた。
新学期早々、私にはやらねばならないことがあった。

ビニール袋を手にぶらさげつつ、教室を出てE組とF組を通過する。更に渡り廊下を渡ると、すぐにG組が見えてくる。
チラリと覗いて、彼はすぐに発見できた。

「あの、桑原くん呼んでもらっていいですか?」
「桑原…?ああ、ジャッカルか。おーいジャッカル〜客〜」
「いないって言ってくれ」
「今日は丸井じゃなくて、女の子だけど」
「え?」

丸井くんって毎日G組に押しかけてるのかな…と桑原くんを不憫に思いつつ、ペコリと会釈する。
桑原くんも会釈しつつ近付いて来て、不思議そうな表情がちょっと可愛いなと思ってしまった。

「ごめんね、友達と話してるとこに」
「いや気にしなくていいぜ。どうした?」
「これ、いつかのお礼なんだけど」

市販のお菓子でごめんね、と加えると、桑原くんは至極感動したみたいな表情で、サンキュー…と呟いた。
お前律儀でいいやつだな、なんて言われて、桑原くんって普段から苦労してそうだなと同情した。

「幸村にも渡すのか?」
「うん、これから」
「そっか。きっと喜ぶぜ」

じゃあな!とにこやかに笑う桑原くんはなんとも男前だった。隠れて人気ありそうなタイプである。そういえば女テニの中等部組はみんな桑原くんのこと推してたっけ。


用も済んだことだし自分のクラスに戻ろう。
桑原くんを呼んでくれた男の子にお礼を言ってからG組を離れ、渡り廊下にさしかかった。

地味にお昼休みはあと15分しかないから、急いで幸村くんのクラスに行かないといけない。そう思って急ぎ足になったとき、前から歩いてきた男の子が私とすれ違う瞬間、不意にピタリと足を止めた。

なんだ?と視線を移すとガッチリと目が合う。私を見つめる相手は意外な人物だった。

「…えっと」
「………。」
「何か用でしょうか、仁王くん」

仁王くんといえば、うちの学年では幸村くんの次に人気のある人だ。
丸井くんとおんなじくらい人気なわけだけど、ミステリアスすぎて女テニのみんなからあんまり彼の話は出ないから、仁王雅治という名前を知っているだけで、彼がどんな人かさっぱりわからない。

それでも彼の第一印象といえばイケメンとかそういうことじゃなくて、変な人、だった。
銀髪で猫背で変な方言みたいなの喋るらしいし、おまけにコート上の詐欺師なんていう通り名があって、どうしたって変な人としか言いようがない。

「んー、何の変哲もないのーって思っちょった」

あ、あれ?私もしかして、いやもしかしなくても初対面の人に貶されてる?平凡だって言われてる?

まあ平凡なことは自覚しているんだけど、なんで仁王くんに突然値踏みされなきゃならないんだろう。

そういえば前にエミコが、仁王くんとは目を合わせるなって言っていたっけ。
今更ながらに視線を逸らすと、仁王くんは小さく笑った。

「怒った?」
「いえ、仁王くんの目は極力見ちゃダメだと教わったので」
「俺はメデューサか」

エミコの忠告通り、視線を逸らし反対側を向いていたわけだが、仁王くんがひょこひょこ移動してきたのでまた視界の隅に捉えてしまった。

「良いこと教えちゃるよ」
「う、胡散くさ!」
「幸村ってアイツ、みんなが思っとるより不器用なんじゃ」
「え?そんなわけないじゃないですか」
「これはホント」

幸村くんはわりとソツなく何でもこなせるタイプだと思ってるんだけど。少なくともカフェや映画館に一緒に行ったときはそうだったし。
疑問符を頭に浮かべていたら、仁王くんにまた笑われてしまった。

「じゃ、楽しみにしとるからの。みょうじサン」
「た、楽しみ、とは?」
「お前さんがあいつをどう落とすのか、楽しみってこと」

いや、落とすとか落とさないとかそういう話じゃないんだけど、と言いかけたが、口をつぐんでおいた。
仁王くんには何を言っても意味がない気がする。

「あーあと、幸村は今教室にはおらんよ」
「えっ、そうなの?」
「コートに真田といるの見たぜよ」
「そうなんだ、ありがとう。それじゃ」

踵を返そうとすると、なぜか仁王くんが私を呼び止めた。

「どこ行く、そっちは教室じゃろ」
「え…自分の教室戻っちゃいけない?」

訝しげにそう答えると、仁王くんはその三白眼を丸くして私をじっと見つめた。
コートに行くんじゃろ?と尋ねられて、行かないよと答えれば、更に面食らった表情を浮かべる。

「別に今渡さなくてもいいし。なんなら今日じゃなくても。市販の焼き菓子だから賞味期限結構あるし」

袋からクッキーを取り出して見せると、仁王くんはまるで不思議なものを見るかのように、それをしげしげと見つめた。

「…ブン太がこれ見たら、そこは普通手作りだろぃ!ってうるさいぜよ」
「いや一応、丸井くんの意見も取り入れた結果の焼き菓子なんだけどなあ」
「…ふーん」

なんやかんや言ってきたから説明したというのに、ふーんて。マジでなんなんだこの人は。

「思ったより話し甲斐があるのぅ、みょうじサンは」
「ありがとうございます?」
「じゃあな」

一括りにした銀髪をひょこひょこ揺らしながら、仁王くんは廊下を歩いて行った。
仁王くんを好きな女の子たちには申し訳ないけど、やっぱり彼はどう転んでも変だ。ミステリアスといえば聞こえがいいけど、ちょっと苦手なタイプかもしれないなと思う。


そのあと自分の教室に戻るとき、C組から出てくる幸村くんと鉢合わせた。
やあ、なんてにこやかに笑う幸村くんに、引きつった笑顔で挨拶を返す。

仁王くんの嘘つき!と心の中で悪づいていたら、渡すべきものを渡すのを忘れてしまい、私はまた次の日同じものを持ってくることになってしまったのだった。

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