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ジリジリとアスファルトが太陽に照らされる音ももう聞き飽きた頃。
8月も終わりだというのにこの残暑である。原因は温暖化の影響が云々とかテレビのニュース番組で専門家が解説していたような気がする。

8月31日。
夏休み最後の日であり、女子テニス部の貴重なオフである。とはいえ、せっかくのオフもいざ急に出現すると使い方がわからず、朝9時という何ともいえない時間に起きてしまった。


女子テニス部は今年も全国大会に出場できたものの二回戦で敗退し、ベスト16に終わった。
これでも我が女子テニス部では初の快挙である戦績をあまり讃えてもらえないのは、やはり男子の全国優勝常連のイメージが強すぎるからなのだろう。
男テニめ、どこまでも邪魔してくるわね、とムスッとしている部長をみんなで宥めたのは記憶に新しい。


全国大会が終わってからというもの、私たち2年は、3年の先輩たちが引退してしまうという事の重大さをひしひしと感じていた。
昨日の練習なんて、2年の様子が通夜みたいであると後輩である1年生たちに心配されてしまった。

まあそんな時であるから、今日のオフは休息や切替の意味で私たちには必要なものである。
宿題が溜まりに溜まった遥のような部員にとっても確実に必要なものである。

かくいう私は、宿題なんてとっくに終わっているわけだが、せっかく午後まで寝ていられる日に早めに目が覚めてしまったからには仕方がない。
まずはコーヒーでも飲むか、なんてお湯を沸かしているときに携帯が鳴った。
遥からの宿題手伝ってコールだったらブチ切ってやろう、と画面を確認すると、"幸村精市"の四文字が表示されていた。

幸村くんとは、夏休み最初にカフェに行って以来姿を見ていないし、メッセージのやりとりさえ互いの結果報告くらいでそれこそ1度や2度だけだ。
それなのに、夏休み最終日に突然どうしたのだろうと不思議に思いながらも電話を取る。

「もしもし」
『やあ、幸村だけど。久しぶりだね』
「久しぶり!」
『もしかしたら寝てるかな〜なんて思ったんだけど、起きてたみたいで良かったよ。おはよう』
「うんまあ、いつもなら寝てる時間なんだけどね!今日はたまたま」
『そっか、なら運が良かったよ。君、今日これから何か予定はある?』
「うーん、無いと言えば無いかな?」

いや、普通に無いと言えば良かったのでは?
咄嗟にわけのわからない返事をしてしまった自分を恥じる。

『今日も暑いよね』
「ねー暑いね、水でも浴びたいくらい」
『あ、そう?じゃあ君も一緒に海に行くかい?」

耳を疑うことを言ってくる幸村くんに、は?と返してしまった。
幸村くんと海?しかも、君も一緒に、とは?

『メンバーは俺、真田、柳、仁王、柳生、丸井、ジャッカル、赤也なんだけど。あらかじめみょうじさんも来ていいかどうか聞けば、みんなOKしてくれると思うよ』
「いや、それはどうかな幸村くん…!?」

OKしてくれないと思う、と必死に主張してみたが、幸村くんは平然と、そうかな?断る奴はいないと思うけど、なんて言ってのけた。

「いや…?海はやめとこうかな!?さすがに!」
『フフッ、だよね。さすがに断られるだろうなとは思っていたよ。まあ冗談はいいとして…ここからが本題なんだ』

ちょっと幸村くん。
さすがに笑えない冗談なのですが!
明らかに幸村くんは、私の反応を伺って楽しんでいる。

『映画の無料券が手に入ったんだけど、みょうじさん、もし良ければ一緒に行ってくれないかな?』
「へー!何の映画?」
『昨日公開されたばっかりのサスペンスアクションなんだけど』

タイトルを聞いて、少しワクッとしてしまった。
その映画は、公開前から観に行きたいと思っていたのだけど、部活仲間にもクラスの友達にも観たいと言っている人がおらず、仕方がないから地上波に登場するのを待とうかな、なんて思っていたのだった。

しかも無料券だなんて、とってもツイてる!

「いいね、行きたいな!他に誰がいるの?」
『あ、無料券は2枚しか無いんだ。だから俺と二人だね』

えっ、と口から出かかって、何とかそれを飲み込んだ。
幸村くんと二人というのは少し、いや正直めちゃくちゃ抵抗があるが、ここまで来たら「じゃあやめとく!」なんて言えないだろう。

「う…よろしくお願いします…!」
『アハハ、なんだか苦しそうな承諾だなあ』
「いえそんなんじゃないんだけど…あの、でも私とでいいの?」
『うん、君がいいんだ』

予想外の返答に、再びウッと詰まってしまった。
幸村くんは私のそんな反応を聞いて楽しそうに笑う。

『でね、さっきの海というのもあながち嘘じゃなくて、これから男子テニス部みんなで行くことになってるんだ。だから夕方からになっちゃうんだけど、いいかな?』
「うん、大丈夫」
『フフ、楽しみだな。じゃあ18時に駅で』

電話はそこで切れた。

どうしたものか…としばらくそのままぼーっとしていた私を、母が1階から呼ぶ声が聞こえる。どうせ、起きたなら何か手伝いなさいとかそういうことだろう。

今日は夕飯いらないという旨を伝えると、母は目を丸くしたのち、突然ニヤニヤし始めた。
今着てるみたいな変なの着て行っちゃだめよ、って何て失礼な。何故そういう勘だけは鋭いのか。



時が経つのは早く、気がつけばすっかり夕暮れ時になっていた。
余裕を持って家を出ようと思ったのに、携帯を忘れたり財布を忘れたりで結局駅まで走ることになった。

「あ、みょうじさん。こっちだよ」
「わ!ごめん、私遅れた!?」
「いや、時間ぴったりだよ」

そう言って幸村くんは、肩で息をする私に自身の腕時計を見せる。
到着した時刻は18時ぴったりだった。危なかった。

「幸村くん、さっきまで海にいたんだよね?」
「うん。今日は暑かったし夏休み最後だから、結構人が多かったよ」

直前に海にいた感じなど微塵も感じさせない彼は、やっぱり神の子なのか。
髪も全く変わりないし。

「まず夕飯たべようか。お腹は空いているかい?」
「うん!」
「食べたいものとかある?」
「うーん、特には?」
「じゃあパスタとかピザとかどうかな?よく行くお店があるんだけど」

にっこりと微笑む幸村くんを、学校の外で目の当たりにしてしまって、心中で頼むからもう店でもなんでも早く入ってしまいたいと思った。
こんなにキラキラした人と一緒にいては、とにかく人目が気になる。


店のチョイスは、さすが幸村くんと言うべきだった。
映画館からは程近く、雰囲気はお洒落だけれど高校生の私たちにも入りにくさを感じさせないような店。
本当に今まで彼女いたことなかったのか?と疑問に思いつつ席に座る。

しばらくは全国大会の話で盛り上がった。
男子と女子の日程が今年は少しだけ被っていたこと、女子の初戦で私を見かけたこと、男子の決勝には幸村くんも出場したことなど、意外と話は尽きなかった。
やっぱり同じテニス部だと話しやすくていいな、とほっこりしているときだった。

「あ、そういえばみょうじさんってさ」
「ん?あっこれも美味しい」
「付き合ってるひとはいるの?」
「んんっ?!」

あまりに突拍子もない質問にピザを喉に詰まらせかけた。だって今の今までテニスの話題だったっていうのに、話題転換が急すぎる。

「い、いないけど」
「じゃあ今まで付き合ったこととかある?」
「え、幸村くん、ど、どうしました急に…」
「聞いてみたくなっちゃったから」

ニコ、と微笑む彼は、先ほどと変わらず美しい。
こんな顔で言われて話を逸らせるはずもない。

「えーと、中学のときに一回だけ付き合ったことあるよ」

まああんな中学生同士の恋愛なんて付き合ったうちに入らないだろうし、実際登下校を何回か共にしただけだ。
ぶっちゃけカウントされない気もする。

「幸村くんは?」
「俺は無いかな。好きな人はいたことあるけど」
「え!そうなんだ!」

なんだ、勝手にそういう類のこととは縁遠い人なのかと思っていたけど、幸村くんだってあるんじゃないか。

実は彼は、自分より美しいものしか好きになれない悲しきモンスターなんじゃ、とか前に言ってた希美、今度幸村くんに謝ったほうがいい。

「それいつなの?」
「小学生のときだよ」
「えっじゃあ私の知ってる子だったりするかもしれない?南湘南?」

それはまた大ニュースだ。いくら小学生の時とはいえ、幸村くんが好きになる女の子って一体どんな子なのだろう。

「フフ、うちの学校で姿を見たときに、なんだか引っ掛かるものがあったんだよね。彼女が片想いしてた子だってしばらくはわからなかったんだけど、名前を知ってやっと気がついたんだよ」
「え、てことはうちの高校にいるの?!」
「そうだね」

やばい、ほんとにこれは大大大ニュースだ。
うちはマンモス校だから名前を言われてもわからないかもしれないけれど、今度絶対調べるぞ。

「誰?誰?ヒント!」
「そうだなあ、女子テニス部だよ」
「へっ?!マジ?!え、誰だろ…待って、やっぱり遥だったりして?!」
「フフ、はずれ」

幸村くんは楽しげに、アイスコーヒーをストローでひと回しした。

「えっどうしよう、全然わからない!」
「うーん、じゃあ大ヒント」
「やった!」
「今目の前に座ってる」

本当に何でもないことのように、幸村くんは先ほどと変わらぬ笑顔でそう言い放つ。

「君だよ、みょうじさん」

ずるり、と私の手の中のピザのトッピングがお皿に落ちた。

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