09

「あ〜〜あっちぃ〜!」
「うわっ、急に叫ぶなよブン太」
「だってよ〜、なんだってこんなあちーんだよ」
「そりゃ8月だからだろ…」
「フフ、丸井、君今日は試合してないだろ」

8月も半ばにさしかかり、全国大会真っ最中。
初戦を無事勝ち進み、ライバル校の視察も済んで俺達は帰る準備をしていた。

今年は3年が中心で、そこに俺と真田、柳が加わる試合オーダーとなっている。これに関して、赤也はぶつくさ言っていたけれど、まあ先輩たちにはお世話になったわけだし、最後の花持たせという形で俺たち2年は納得している。

しかし先輩たちの図らいで、初戦とその次の試合だけ、2年の他のメンバーが入ることになり、初戦は仁王と柳生がD2で出場したのだった。

「そーなんだけど、ただ応援するにしても暑くてよ」
「ここのところ真夏日が続いていますからね」
「ヒロシ、お前なんで試合出たのに汗かいてないの」
「丸井くんが汗かきなのですよ、見てください幸村くんを。ジャージを羽織ってああなのですよ」
「幸村くんはほら、ヘアバンドがあるからだろぃ」

丸井たちが楽しそうに話している後ろで、何やら柳が遠くのほうを見つめている。視線の先を辿ると、男子が使用したコートとは少し離れたコート。そこでは女子の試合が行われているようだった。
どうやら今年は先日の台風の影響で高校女子の日程とかぶったらしい。

「たしかうちの女子は今年全国に進んでいたよね?」
「精市か。ああそうだ、男子と違いシードは持っていないがな」

横に立って話しかけると、柳はこちらに反応してまたすぐにコートに視線を戻した。
あれ、と柳が指差すほうを横目で見遣る。

「なに?」
「あれは、みょうじではないか?」
「ああ、ほんとだ」

たった今試合をしているダブルスの後衛がみょうじさんだった。いつもおろしている黒髪を一つに束ねているからすぐには気がつかなかったけれど、たしかに彼女である。

「お、幸村くんのカノジョ」
「えっ、そうなのか?ブン太」
「なにジャッカル知らねえの?そういう噂、一部で出てたんだぜ。幸村くんとみょうじが付き合ってるとかなんとか」
「へえ、そうなんだ」

面白い噂だね、と笑うと、丸井はつまらないとでもいうようにがっくりと肩を落とした。

「本人は知らなかったようだぞ、丸井」
「おー…反応を見るに付き合ってるってわけでもなさそうだな」

付き合っているというところまで尾鰭がついて巡ってしまったらしい噂には、少なくとも二つは心当たりがあった。

夏休み前、試験準備期間のあの日みょうじさんが俺達に混ざって朝練をした日に、授業中に彼女のクラスのロッカー前で二人でいたこと。
二つ目は、この間の練習後、二人でカフェに行ったことだ。

「良いのか?精市」
「良いって、何が?」
「噂のことだ。火消しに回らない限り、夏休み明けも噂をされる確率97%」
「ああ…別に良いよ、特に気にしてないし」

元来俺は、噂とかそういった類はあまり好きではない。
しかし不思議なことに、何故か今回はそこまで嫌な気がしなかった。それはいまだに自分でも不思議だ。

俺の返答に、柳は少し間を置いてから、そうか、と一言呟いた。


そろそろみんなの準備が終わった頃合いだろうと立ち上がりラケットバッグを担ぐと、柳が精市、と俺を呼び止めた。

「いいのか、見ていかなくて」
「やだなあ、今さっきのやり取り聞いてたかい?単なる噂だよ」
「わかっている。お前の意思を訪ねているんだ」

その口振りに、彼は俺よりも俺のことを理解しているのがしれないな、と思った。
柳と俺以外の部員たちはもう会場の出口に向かって歩き出している。

「いや、やめとくよ」
「賢明な判断だ。お前が行くことで周囲に刺激を与える確率は89%だからな」
「えー、なんだか嫌だなあ、それ」

だったら尚更行かないよ、と笑って歩き出す。
柳の口元が少し笑っているのが伺え、すっかり彼の興味の対象となってしまったことにどうしたものかと首を捻る。

柳の言いたいことは何となくわかるつもりだ。

彼と話せば何か見えてくるかもしれないと思う反面、このまま何も見えないまま、不透明なままでもいいのかもしれないという気持ちもあるのだ。

「精市、ひとつ聞きたいんだが」
「なんだい?」
「今日の丸井と赤也とのやりとりでのお前の発言について、ひとつ気になることがあったんだが」
「丸井と赤也との…?なんだっけ」
「赤也が飲んでいた新作の炭酸飲料の話だ」

そこまで言及されて、ああ嫌だな、と思った。
データマンの前でついポロッと漏らしてしまった自分がいけないんだけれど。



それは今日、この試合会場に到着する前に遡る。

ここは駅から徒歩で20分程はかかる。3年の先輩たちは手続きのため先に会場へ向かっていて、俺たちは少し後から来ることになっていた。

その道中、俺の後ろを歩いていた赤也が、先ほど購入したらしい新作の炭酸飲料を丸井に見せびらかし始めた。

「じゃーん!丸井先輩見てくださいコレ!前に先輩が言ってた季節限定のやつっス」
「うわもう出てんのかよ!てか何お前先輩より先に買ってんだよ、ちょっと寄越せ」
「ちょっ、理不尽!!」

丸井はすかさず赤也から奪い取り、その炭酸飲料を何口か飲んだ。
俺は、よくもまあ朝から炭酸をそんなにゴクゴクと飲めるなあ、と半ば感心して見ていた。

「あーちょっとちょっと!どんだけ飲んでんスか!もうダメっスよ!」
「うおっ、めっちゃうめーなコレ!帰りに買うわ、ジャッカルが」
「俺かよ!」
「丸井、貴様歩き飲みに加えてなんだその大量の菓子は!」

丸井が真田に小言を言われている間に赤也が急いで飲んでいたので、焦って飲んだら気管に入ってしまうよ、と笑うと、赤也は悪びれもせず俺にペットボトルを差し出して、幸村部長も飲みます?と尋ねてきた。

「いや、俺は遠慮しとくよ」
「意外と、幸村部長もいけそうな味っスよ!感動を共有したいんス!」
「丸井がもう飲んでたじゃないか」
「あ、部長って回し飲みとか無理なタイプでしたっけ?」

赤也がキョトンとした表情で小首を傾げる。
丸井ともう充分に感動を共有したんじゃないのかという意味で言ったんだけど、違うように捉えられてしまったようだ。

「いや、別にそんなことはないけど」
「んじゃーどーぞ!俺はそういうの気にしねえんで!」
「じゃあ一口だけ」

赤也がテニス以外で珍しく俺に食い下がるので、苦笑しつつペットボトルを受け取る。

その瞬間に、デジャヴというか、なんだかそれに近いような感覚をおぼえた。
炭酸が喉を通るのと同時に、脳内でとあるシーンが蘇る。


ああ、そうだ。
この間俺は、みょうじさんと練習後にカフェに行って、一緒にケーキを食べていたとき、彼女は今の赤也と似たような台詞を口にした気がする。

その時、俺は一瞬、本当に一瞬だけどショックを感じたような気がして。
気づかない振りをして、そのまま奥に奥にしまっていたけれど、また思い起こされてしまった。

今思えば、なんでそんな些細なことに、と思うのに。
あれは、きっと…。

「彼女に気にしてほしかったのかな」

誰にも聞こえないような小言でそう呟いた、はずだったけれど。

横にいた柳には聞こえてしまっていたようだ。



俺の返答を待つ柳に曖昧な笑みで返すと、やっぱり、とでも言うように柳は笑った。

「まあいいだろう、お前に答える気が無いのならば仕方あるまい」
「勘弁してよ、正直自分でもまだ分かっていないんだから」
「そうか。興味深くはあるが、そう言われてしまってはいくら俺でもこの先を推測するのは難しいな」

おもむろにノートを取り出すのを見て、初めてそのノートの存在を厄介だなと感じた。
こんなことを思う日が来るとは。

「精市、何やら赤也が呼んでいるようだぞ」
「赤也に聞いてみようかな、そういう方面に関しては俺より先輩だろうし」
「……本気か?」
「アハハ!やだなあ、そんなわけないだろ」
「……そうか」

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