蝉の鳴き声がばかみたいに響く。
開け放した部室の窓からはそれなりに風が入るけれど、図書室やらのクーラーに比べたら風のうちにも入らない。
暑いのはあまり得意じゃない。かと言って寒いのが得意かと聞かれればそうでもなくて。
鬱陶しい前髪を払いながらピコピコと軽快に響く電子音を聞いていた。
もし仮に、俺がこの目の前の、だらしなく机に座って真剣な表情でDSを握りしめているこの、スピード狂の金髪を好きだとする。
好きと言うのはこの場合、先輩としてとかではなくて。ライクじゃなくてラブの方で。男同士とか関係なく、この人を好きだとする。
けど、好きだからと言って特に何かある訳でもない。会えない日々がどうしようも辛いとか、夜中に声が聞きたくて目が覚めたりとか、ふと笑顔を思い出してニヤケたり、は、あったけれど。
もし告白して、万が一受け入れられて、付き合ったとして。自分たちの関係に変化なんてあるんだろうかと、思う。どうせ今まで通りの関係に毛が生えた、くらいのもんだろうと思っていたから。
それなら別に、付き合わなくたって構わない。実際に謙也さんがすぐ隣には居なくても、俺の世界はなんの支障もなく廻るのだから。
気持ちを自覚してからの数ヶ月間、いつもと何ら変わらない態度で接してこれたのは実際そこまで好きじゃないからだろうか、なんて思いながら。
じっと謙也さんを見つめていると、不意に顔を上げた謙也さんと目が合った。
「…なんやねん」
「は?」
いきなりなんやねん、てなんやねん。
意味も分からず緩く首を傾げれば、ムッとした表情を浮かべた謙也さんが口を開く。
「おま、あ、死んだ!」
きっと「お前」と言いたかったであろう謙也さんは、けれどすぐに再びDSに視線を落とす。間抜けな電子音とともにため息を吐いてから分かりやすく肩を落として、それから恨めしそうに俺を見た。
「どないしたんですか」
「クリボーぶつかった」
ちゅーかタイムしとけや。
あまりに絶望的な顔をしていたから、思わずそれは飲み込んで。
不満気に唇を尖らせてジッと画面を見つめている謙也さんは、何と言うかとてもかわいかった。
「謙也さん」
蝉の鳴き声に負けてしまいそうな、小さな声で名前を呼ぶ。
それでもちゃんと聞こえていたらしく、顔を上げた謙也さんが無言のまま俺を見つめて。
「おれ、」
俺は、あんたが好きです。
今言えば、暑さで頭沸いてるんじゃないか、くらいで終わる気がした。それが良いか悪いかは分からないけれど、いっそ笑い飛ばしてくれればと思う。
「俺、謙也さんが好きです」
「…え、」
謙也さんは笑いもせずに固まって、きょとんとしたままで俺を見ている。
笑い飛ばされて「気持ち悪いわ」くらいを覚悟していた俺からしたら、なんとも物足りない反応。
「謙也さん」
「あ、あ、あああのっ、な、」
「いや、どもりすぎっすわ」
「すすす、すま、すまん」
名前を呼べば大袈裟に肩を揺らして、みるみるうちに謙也さんの顔は真っ赤になってしまう。
目を閉じて深呼吸した謙也さんは、ゆっくりと開いた瞳で俺を捉える。
そしてにっこり笑って、言った。
「俺も、好き」
「………は」
今度は俺が固まる番。
なんて言えば良いのか分からずに、にこにこ笑顔の謙也さんを見ることしかできなかった。そんな俺を見て謙也さんは、肩を揺らして笑う。
「変な顔やなあ」
言いながら伸ばされた手が、俺の頬をむにむにとつまむ。
「なに、え、両思いっすか?」
「せやな」
ふふ、とはにかんだような笑みを浮かべる謙也さんは、この世界の何よりもかわいくて、きれいだった。
君がいなくても世界は廻った
だから今度は、2人の世界を。
END
光謙企画欲情さまに提出。
素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました^^
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