目が覚めたら、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた状態で病室のベッドにいた。
  どうしてこうなったのか、分からない。それどころか、自分が誰かも分からなくなっていた。
  仰木宗也(おうぎ そうや)という名前と、学生という身分。俺の知っていることは、それぐらい。
  主治医は、とにかく様子を見ると言った。両親を名乗る人たちは能面みたいな笑顔を一度見せに来たきり、訪ねてこなかった。
  今、俺の世界を構成するのは、消毒液の匂い漂う白い部屋と。

「……何見てんだよ」
「いえ、相変わらず器用だなぁと」
「はっ、これぐらい朝飯前だっての」

  こちらの言葉を鼻で笑いながら林檎の皮を剥く、目付きの悪い男ぐらいのものだった。
  男の名前は上根尚輝(かみね なおき)という。俺と同じ学校に通う、一学年上の先輩だ。苗字を余り好いてないらしいので、俺は尚輝先輩と呼んでいる。

「剥けたぞ、食え」
「あの、先輩、俺もう手ぇ大丈夫なんですけど」
「んなこと言ってフォーク取り落としたのは何処の誰だったろうなぁ?」
「……イタダキマース」

  切り分けられた瑞々しい林檎を、先輩の手から食べる。リハビリで食事とかは本当にもう大丈夫なのだが、不良も素足で逃げ出しそうな剣幕に逆らえなかった。
  尚輝先輩は目付きがとても悪い。実家がケーキ屋であるという話を、一時帰宅するまで信じられなかったぐらいに悪い。もし髪が黒髪短髪じゃなかったら、暴走族のお仲間かと勘違いしていたと思う。

「美味いか」
「……はい」
「そうか」

  でも、俺の口に林檎を突っ込んで満足げに笑っている顔は、世の女性が放っておかないぐらいに綺麗だ。その間、俺の口は林檎でギッチギチだがな!
  先輩は週に一度は必ずこの病室にやって来る。多いときは週三。そして、綺麗に切った果物を俺の口に詰め込んでは帰っていく。
  どういう仲なのか聞いても、学校の先輩後輩ということしか教えてくれなかった。部も委員会も違うらしいので、関係が益々謎である。
  ただ一つ、確かなことは――尚輝先輩が来た日の夜は、とても穏やかに眠れるということだ。




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