現実と言ノ刃
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私は、一体どうしたいのだろう。煌希と別れるまではまだよかった。時間が過ぎ去ってしまえば帰れたのだから。だけど今は違う。私は、あの小さな子を置いていってしまわなければならないことを、どうしようもなく怖いと思っている。

情が出てきてしまっているだなんて、名付けの時にわかりきっていたことだったのに。



『静奈ー!』

「どうした、……実光。」

『そこ座れ!』



物思いに浸かっていた私をピチューの明るい声が引き戻す。紅葉よりも小さな手でベッドを指差すピチューの目は何か悪戯を思い付いたような目で。

大人しくそこに座るとピチューも私の隣にちょこんと座った。うん、こうして見るとやっぱり小さいな。前に直接ピチューに言ってみたら物凄い勢いでジャンプして大声で騒がれ、挙げ句拗ねられたのでそれ以来禁句として扱っているのだが。

そんなピチューは今、尻尾を動かしてご機嫌な様子。何があったのかはまだわからないけれども。



『あのな、俺お前に名前貰っただろ?』

「実光、だな。」

『そう!それで俺はめちゃくちゃ満足した!』

「見てたらわかる。」



あの時の喜びは私にだって伝わって、それを共有していたんだ。わかるさ、他の誰でもない私がよく知っている。そのことを思い出して温かい気持ちになると同時に少し心に暗い影が差した。はぁ、とため息をつきたくなる衝動を抑えてピチューに視線を合わす。




『名前貰って、お前といるようになって、何て言うんだろ…俺は今すげぇ楽しいっていうか…。』



もごもごと言いよどんでいるピチューは言葉を探している様子だった。首を捻って必死に唸っている。そうしてようやく見つかったのか、勢いよく目を見開いて私の方にまた視線を戻した。



『幸せ!なんだ!』



ニカッと無邪気な笑顔を見せたピチューはそれで納得したのかそうかそうかと耳を動かして本当にそれは幸せそうで。だがその言葉に私は何かを言いかけて、止めた。今私にできるのは、眉を潜めて拙く微笑むことだけだったのだ。

そんな私に構うことなく、ピチューは続ける。



『それでな、お前がビックリすることやってやる!』



待て、幸せな話とそれがどう繋がるんだとつっこみたくなったがきっと気分が高揚しているのだろうとぐっと押さえ込んだ。

ベッドから飛び降りたピチューはあの時、私に光を見せた時と同じような勝ち気な笑みを浮かべて見せた。それを思い出して私はまたザワリと沸き立つものを本能で受け止めたのだろう、思わず身を固めた。
だけどあの時と違うのは、何か開けてはいけないものを開けようとしているような、そんな嫌なざわめきがあること。


だが私のざわめく心を他所に、ピチューはその身から閃光のような輝きを放つ。鮮烈なそれに思わず目を閉じてしまう。実際のところは鮮烈、というわけでもなかったのだが。

そして次、目を開いた時に私の思考は停止する。



「…静奈、どうだよ!」

「……み、こ…う…?」



そこには、少年が立っていた。

太陽を連想させるような金髪に一部少し黒が入っているそれは正にピチューの色彩だった。それに加えて丸く大きな瞳には強気なそれが見え隠れしている。背はそこまで高くないのはピチューとしての体格が表されているのだろうか。

どう見たって、紛れもなく…人間の姿。



「…この前な、やっと擬人化できたんだ。それを見せたくて…」



口元を緩めて私の隣にまた座るピチューの言葉は、入ってこなかった。

いつか聞いた煌希の話、そこでアイツは擬人化の条件を何と言っていた?


なつき度があれば―



「ーっ!!」



刹那、暗転する視界。それを必死に繋ぎ止めた。

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