現実と言ノ刃
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「…ありがと、真琴。」

『いや、これぐらい問題ない。』



煌希たちが話している一方、此方は真琴と夢依が丁度テレポートをし終わったところだった。双方あまり表情の変化が無いのだが珍しく真琴が困ったような、わかりやすい表情を浮かべていた。それに対し夢依は変わらず無表情だが。



「どうしたの?」

『いや…あんなに感情的になるのも珍しいと思って。』

「あぁ、真琴はそっか、わかっちゃうもんねー。」



一本調子の声音が逆に不安を煽ることをこの少女は知っているのだろうか。自身の種族が持っている能力を恨んだことは多々あったものだが、この少女のことに関しては時折この能力があってよかったと思えることもある。

そんな思いは毎回早々と打ち砕かれるものだが。



「だってさぁ、あの子は違うんでしょ?何でここにいるかは大体予想がつくけど…煌希の幼馴染みだなんてそりゃあ間違われちゃうよねぇ。」

『…。』

「あの子、不安定。煌希にすがりついてる姿は、見てて嫌だ。」

『どうして、そこまで。』

「…さぁ、わかんないや。」



どこまでも静かで落ち着いた感情と裏腹に、感情を察知することに特化した自分の能力をもってしても読み取れない渦巻く感情。それはきっと開けてはならないパンドラの匣のようなもの。知ってしまっては後悔するような、それ。

非力な筈のこの少女の本質を知る者はいるのだろうか。触れたら消えてしまいそうなほど弱々しく思えるのに。いつの間にかその存在に飲み込まれてしまいそうな感覚に陥るのはきっとこの少女の持つ魅力でもあるのだろう。

夢のようにぼんやりと、いつの間にか忘れてしまいそうな危うさもあるけれど。



『…あの幼馴染みは、どうなる。』

「えー…あたしにはわかんないや。」

『知っているんじゃないのか。』

「だってあたしは煌希の世界を詳しく知ってるわけじゃないもん。」



そして小さな欠伸を漏らした夢依の姿からはもういつもの雰囲気に戻っていた。切り替えの早さというより、無自覚。無意識。だけど決して二重人格というものでは無くて、どの表情だろうと夢依なのだろう。



「望まれた子じゃないのなら、巻き込まれたあの子のせいでまた、噛み合わないなにかが出てくる。」

「…。」

「あぁ、大丈夫。あたしはね、別に後悔なんてしてないよ。」

「それなら、」

「今は、ただ家族と一緒にいて…それを大切にしたいんだ。」



だってみんな、求めているものは一緒だから。だからあたしや月架はみんなを家族って呼ぶんだ。

そう呟いた夢依はくるりと真琴に背を向けた。あぁ、もう別れを選ぶのか。いつか見た背中とは違い、何故だか大きく見える。ただ、泣きそうにも見えたけれど。



「あ、そうそう真琴。」

『どうした。』



背を向けたままの夢依の雰囲気が柔らかく、冷たくなるのを確かに感じた。



「煌希に言っといて、…現実を見て、あの子を見てあげて、って。」

『…予言みたいだな。』

「予言なんてもんじゃないよ、ただ煌希は不器用だからあの子に関して空回りしてそうだなーって。」

『ご名答。』

「やっぱり? 煌希もなーんであんなに素直じゃないんだろうねぇ…そんなのただ後悔するだけかも知れないのに。」



最後の一言だけはちらりとこちらを向いて。その目は冷え冷えと、底が無く。真琴は背筋に凍りつくようなものを感じ取った。背中に刃物を突きつけられているような、そんな感覚。

だがそれも酷く長く感じられた一瞬のこと。



「それじゃあね。」



ひらり、手を一度だけ振った夢依は前だけを向いて歩き出す。その背中に迷いは無い。それを見送った真琴は大きなため息をついた。何故こうも緊張してしまうのだろう。言葉を選ばなければ、一つ間違えれば全てが壊されてしまうのではないかと思えてしまう。


通り抜ける風が今は空しく、残響だけが真琴の耳に残る。木霊するような音。澄んでいるような濁っているような、どこかもの悲しげな音。



『…最後の欠片か。』



それが拾われて集まるのはいつのことだろうか。





(望まれたのはきっと誰もいない、なんて言えないや)

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