現実と言ノ刃
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その後、私はピチューたちのいるこの森で一夜を過ごすことになった。本当は街に連れていってもらおうと思ったのだが、ピチューたちが疲れきっているのと、私が思っている以上にここを抜けるのは時間がかかるらしかった。
そのため、一夜だけ野宿というわけだ。どうやらピチューたちは総出で私の傍にいてくれるらしく、気を使ってくれたのだろうと思う。
「……何だか、ここまでピチューが多いとお前がどれだかわからなくなるな。」
『そうか?俺は見分けつくけどな。』
「そりゃあお前はそうだろう…。」
やはりポケモンは誰が誰だか見分けがつくのか。私には全て同じ顔にしか見えないんだが。あぁ、でもよく見たらこのピチューは性格の現れた顔をしている。目が少しだけ鋭い。それでもやっぱり見分けがつくのか、と言われたら無理な話だけれども。
ちなみに今は夕食の時間だ。といってもピチューたちが持ってきてくれた木の実をナイフで切り分けてかぶりついているだけなんだが。オレンの実と言ったかな、私のいた世界でいうオレンジみたいなやつだ。色は全く違うけども。
「…それにしても、寒いな。」
日も暮れて辺りは暗くなってきている。風がヒュッと吹く度に身を縮めなくちゃいけないぐらいに寒い。こんな時ピチューたちの毛が羨ましくなる。私の今の格好でこの夜をすごそうなんてしたらきっと明日には凍死体として発見されそうだ。
そもそもマッチだけで夜が凌げると思っているのか。焚き火が関の山だ。いやすでに焚き火は焚いているのだが。
ごうごうと燃え盛る焚き火を見ていると何だか夢の中にいる気分だ。夢、だったらどれだけよかったことだろうか。そう考え始めると胸が締め付けられるような感覚に襲われる。早く帰りたい。
『おい、人間。明日は早く起きるんだからな、さっさと寝ろ。』
「…私には静奈という名前があるんだが。」
『あー覚えれたら覚えといてやるよ。』
どう見たって適当にあしらっているだろうこのピチューに思わず拳を作ってしまいそうになるがそれをぐっと堪える。そうだ、私は明日案内してもらわなくちゃいけない。助けてもらった借りだってある。堪えろ、頑張れ私。
静かになっていく夜とは相対的にザワザワと森のざわめきは収まることを知らない。寒空の下、私は焚き火の近くにあった木に腰かけて寝ることにした。だけどこれは寝られる気がしない。絶対首が痛くなるだろうな。
やはりここは地面に寝てしまおうか、そんなことを考え出した途端に、ピチューたちが私の元へ集まり出した。
『お姉ちゃん、寒いんでしょ?』
『僕たちと一緒に寝ようよ!』
「…え、あ、あぁ………?」
『やった!』
『じゃあお姉ちゃんは真ん中ねー!』
ピチューたちの言葉に思わず疑問型になってしまったがピチューたちはそれを気にせずに肯定と受け取ったらしい。いや単にその部分が聞こえなかっただけかも知れないが。
戸惑う私に、目を輝かせて早く、早く、と目で訴えてくる。ポケモンとは色々な性格がいるらしい。こんな愛らしいと言われてもおかしくない性格のポケモンもいるのか。
だけど私はまだポケモンが好きになったとか、そういうわけじゃなくて。こんなに無邪気に寄ってくるピチューたちにでさえまだ戸惑いと恐怖を抱いている。この無邪気さの裏には、あの蛾たちのような、躊躇いの無さと獣が隠れているんじゃないかと思ってしまう。
『…お姉ちゃん?』
『どうしたのー…?』
強張った顔をしていたであろう私にピチューたちが心配そうな眼差しを向けてきていた。その目に思わず罪悪感が沸いてしまう。このピチューたちからは悪意は感じられないんだけど、それでもやっぱり信用しろ、と言われたら無理な話であって。
だけど今の私にはここしか居場所がない。だから、騙してでもここにいなくちゃいけないんだ。利己的だとは自分でも思うけど。
「…いや、何でもないよ。」
『そう?じゃあ寝よう!』
「あぁ、私が真ん中だったな?」
『うんっ』
なるべくピチューたちを安心させるような声音で話しかける。自分では物凄く気持ち悪いわけだが。何だこの声、いくらなんでも寒気がする。高い。こんなの取り入ろうとしているのが丸わかりだろう。自分で自分に引いていると視界の端であのピチューが顔を背けて震えているのが見えた。おい、まさか笑いを堪えているとかじゃないだろうな。
じとりとその小さな背中を見つめてみると、一瞬だけピチューが此方を向いた。その目には涙が浮かんでいて少し驚いたけど、考えるとすぐにわかった。
あれは、笑いを堪えすぎて涙が出ているだけだと。
「…おい、そこのピチュー。」
『…っ…おまっ何だよ今の声とさっきの声マジ聞き直してみろよ全然ちが…っあっはははは!』
「うるさい笑うなぁあ!」
『腹いてっマジ、くくっ…愛想、よくっしようと、がん、ばったんじゃ、ねぇの…っ』
「っの…!」
振り返ったピチューは耐えきれなくなったのか爆笑し始めた。羞恥と怒りで顔に血が上るのがわかる。きっと今の私は真っ赤に染まっていることだろう。眠りにつこうと横になっていた私は感情に任せて飛び起きた。そしてそのやり取りを見ていた周りのピチューたちもつられてか、くすくすと可愛らしい笑い声を漏らした。
「あぁあ……お前が笑い出すから…!」
『お前がそんな笑いを誘うようなことするのが悪い!』
「お前…!」
言い切ったピチューにわなわなと震える私に楽しそうな周りのピチューたち。そこにあるのは殺伐とした重い空気では無く、軽い、居心地の悪くないものだった。
あぁ、取り入ろうとか変な声とか、余計なことを考えた私が馬鹿だったのかな。自然体が一番だって、そんなこと知っていたじゃないか。
気がつけば揺るかな雰囲気になっていたことに、それを心地いいと思う自分がいた。
燃える焚き火に反転するような夜の森林に響く声は、満天の星空しか知らない出来事。
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