現実と言ノ刃
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いつだったか、ピチューが電気の制御をしようと頑張っているのを見たことがある。ピチューという種族はまだ制御が不完全だから、自分も痺れてしまうことが多々あるものだとどこかのトレーナーたちが話しているのを耳にした。
何故か私からこっそりと隠れて努力するその姿はいつものあの態度だとかそういうのよりかは真逆で、とても魅力的に輝いていたのを今になって思い出す。いや、今だからかな。
最後だからか、色々なことが頭の中をぐるぐると回る。本当、私はお前に様々なことを見せてもらったよ。
それは、唐突だった。
「…静奈。」
ピチューとの思い出作りのようなことから数日、私とピチューは人気の少ない枯れた大木の下に座り込んでいた。ピチューは擬人化をして。特に理由は無かったけれど、なんとなく。ピチューと私で時間を共有しているのもこれが最後のような気がしたからだ。
ざわめく風がやけに耳に響いて、思考を停止させる。無言で座る中、視界が白に染まったことに私は一瞬遅れて反応した。
「さい、てん…?」
「…久しぶりだな、待たせた。」
「は、誰だよ、…おい、静奈?」
ずしりと全身に重圧がのし掛かる感覚。そこにいるだけで目を反らせない存在感。真っ白で不可侵の染めることは許されない色。それはずっと見ていると目がおかしくなってしまいそうだった。
どこから現れたのか、あの時以来に見る彩天は何一つ変わっていなくて。呆気に取られているピチューは彩天から何を感じ取ったのだろう、険しい顔でぐっと私の手を掴んだ。それに驚く間もない程に私は別のことに意識を持っていかれていた。心臓が、煩い。
「準備、できたぞ。お前はもう帰れる。」
「っ!お前がっ、静奈をここに連れてきた、やつ…!」
「…静奈、お前なんで手持ち作ってるんだ?」
握られた手から伝わるのはピチューの緊張だった。痛い程に強く握られた手は少し震えていて、思わずピチューの方に視線を向けると私は目を疑った。
力一杯威嚇しているのだろうピチューは歯を食い縛って酷く緊張した面持ちで冷や汗を垂れ流していた。ここまでピチューが肩を怒らせて彩天を敵視するのはわからない。私を帰らせたくないから、そうなのだろうか。
二つに分裂したような脳内は、そんなことを冷静に考える一方でもう片方は焦りで埋め尽くされていた。
「てもち、じゃない。」
「…というと?」
「実光は、私の……。」
私の、何だ?手持ちじゃない、仲間でも無い。ましてや対等な立場でもない。だったらなんだろう。ピチューから視線を感じる、彩天は怪訝そうに私を見つめている。居心地が悪いどころじゃない、今すぐにでも逃げ出したいぐらいだ。
答えに詰まった私にこれ以上は無意味だと悟ったのか、ため息をついた彩天がまぁいい、と呟く。
「とりあえず、お前は帰れる。…違うか、帰ってもらうぞ。」
「っざけんな!勝手に話進めてんじゃねぇよ!」
「み、実光…?」
「俺は実光なんだよ!静奈は俺のトレーナーなんだよ!勝手に帰るだのなんだの、俺を抜いて話進めてんじゃねぇ!」
ぜぇはぁと肩で息をするピチューは泣き叫ぶような声音で、怯えるように、だけどそれに立ち向かうような姿勢で彩天を真っ向から睨み付ける。だけど彩天はそれを軽く受け流して無感動にピチューを見下ろしている。その目はどこかで見た、無感情の不透明な瞳。思わず私まで身震いをした。
深く色の無いそれ。白で埋め尽くされた瞳が依り代。圧倒的な圧力、まるで神の代物のような。
一呼吸分の刹那的な間、彩天の声は冷たく、低く。
「…誰に向かって口を利いている?」
それだけ、だった。その一言で凍りつく空気、世界。侮蔑の表情を浮かべた彩天はピチューを見下ろす。向けられているのはピチューだ、だけどその影響はこちらにまでやってくる。心臓が鷲掴みにされたような感覚に吐き気がする。
ピチューをちらりと目だけで見やれば、顔面蒼白で死んでしまったのではないのかと思えるぐらいにぴくりとも動かない。それでも、それでも私の手だけは離さないピチューにどうにもやるせなくなったんだ。
「こいつは異世界の住人だ、元の世界に帰るのは当然だろう。」
「だ、ったら…俺、も、っ…いく…!」
正に絞り出すようにそう言ったピチューに今度は私が反応する。彩天よりも早く、ピチューを睨み付けて。
ラチがあかないだとか、そういうわけじゃない。ただ我慢できなくなったんだ。これ以上、ピチューの言葉を聞いていられない。
「…それは、私が許さない。」
だから、終わりだよ。
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