現実と言ノ刃
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呼吸をするたびに白い息が四散する外、私とピチューはまた獣道からあの桜へと向かっていた。あの時見た桜は強く咲き誇っていて、心に叩きつけるような衝撃を私に残した。その桜は今も誇らしい姿のままなのだろうか。


パキリ、小枝を踏む音が視界を思い出の桜から獣道に変化させた。それがいやに耳に残るのはピチューが全く口を開かないからだ。私の前を進むピチューの背中は何も語らない。無言無音で進む道は雪で覆われていてまるで迷宮のように私の目を混乱させる。



「…実光、桜…まだ咲いてるのかな。」

「咲いてる、お前と見るまでは絶対。」



なんとなく出た言葉に即答で返ってきた言葉。それと同時に握る手に力が入ったのがわかった。ピチューは手で感情を表すのだろうか、わからないけどふとそんな気がした。このまま繋いでいれば私の感情も伝わってしまうのではないかと少しだけ怖くなった。


そのまま小枝や雪を踏みながら歩いていると、ふわりと桜の花びらが舞い散って私の頬を掠めた。真っ直ぐに視線を向けるとはらはらと舞い散る桜の、冬の桜の凛々しい姿が。



「…これ、もう一度お前と見たかったんだ。」

「実光…?」

「お前、これ初めて見た時に嬉しそうだったから…だから、もう一度見せたかった。」



あの時のことを思い出すように目を閉じて語り出すピチュー。もう私はピチューの隣に立っていて、その表情もよく見える。少し、懐かしむような小さな幸せを噛み締めているような。そう見えたのは私の自己満足だろうか。

嬉しかった、確かにそうかもしれない。だけと何だろうこの引っ掛かるような物は。嬉しかったの一言で纏めるには何かが足りない。何で、あの時は嬉しかったのか。感動したのか。思い出される情景、隣にいたのは。



「…きっと実光とだから嬉しかったんだよ。」



滑り落ちた言葉は無意識だったんだ。本当に、自然と。その言葉は妙に納得できる物だと理解するまでに数秒かかった。

ハッと隣を見るとピチューが呆気にとられたような顔で私を凝視しているものだから慌てて口を開いた。



「こ、これは、あの実光が私のためにこんな景色を見せてくれたことが嬉しかったというかっ、お前とだったから特別な物に映ったのは、きっとそういう意味で、……。」



言い訳にもならない言葉をつらつらと話していく内に私も何を言っているのかわからなくなってきて顔を下げた。お前とだったから、なんてこんなこと言うつもりもなかったのに。なんでだろう。

少々気まずさを感じながらもピチューの顔を見てみると、だ。



「…そっか…、…よかった。」

「っ!」



それは幸せそうに笑顔を見せるピチュー。ほんのりと頬を染めているのは寒さからじゃないのだろうか。心底嬉しそうに私を見つめたピチューは照れ臭そうに桜の方に視線を反らした。

なんだか私もつられて恥ずかしくなったのでピチューから視線を反らして桜に向ける。それは初めて見た時と変わらず悠然とそこにあったのだけれど。



「…やっぱ、すげぇな。」



ピチューが小さく呟く言葉に私も自然と頷く。ほんわりと緩やかな空気、繋がれた手、少しの嫌悪感を忘れて私は私も気づかないぐらいの弱さでそっとピチューの手を握り返した。

それに気づいていたのは、誰だったのだろうか。私は、知らないままだ。

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