現実と言ノ刃
4ページ/4ページ
ようやく落ち着いた頃、ピチューはうずうずと堪えきれない様子で私の顔色を窺うように何度も目線を向けてくる。
『お、おいっ静奈!』
「…何だよ、自慢するんじゃなかったのか?」
『…っ、おう!』
途端に明るい声音になったピチューはちびたちのところへ混ざって早速自分の名前を自慢し始めた。どうやら私の了承が欲しかったらしい。あの言葉が了承になったのかどうかは疑問だが。
木々は葉を無くして寂しく、だけど立派に立っているけど、そこにあの子たちの黄色が入ることで少し、季節感が狂う。優しくて眩しい黄色。厳しい寒さのはずなのに、僅かながらもそれが和らいだ気がした。
『おにーちゃんいいなー!』
『みこーおにーちゃん!』
『ふっふーん、いいだろー!』
胸をはって、と言えばいいのだろうか。惜しげもなく自慢するピチューに少しばかり恥ずかしくなる。おい名付け親は私なんだから少しは自重をだな。というか大したセンスでもないんだからそこまで大っぴらに広めるなよ全く。気恥ずかしいというか、むず痒いというか。
それからというもの、ピチューはちびたちとの再会を楽しんでいる様子だった。その輪の中にはわざわざ入らなくてもいいと思えたので私は黙って眺めていたのだ。
「…寒い、なぁ。」
そろそろ日暮れも近くなってきた頃。長い時間滞在していたので私の体は完全に冷えきっていた。はぁ、と息を吐けば白い息が空気中に四散する。
ピチューには悪いが、暗くなる前に帰らないと獣道は危険だ。いくらピチューが傍にいるとはいっても危険な道は通らないに限る。
というわけで、きっと時間も忘れて騒いでいるピチューたちに声をかける。あの、何回もその場で跳ねて誰よりも騒いで、そして小さな八重歯を見せているのがピチューだろう。
「おい、実光。帰るぞ。」
『!もう帰るのか!?』
「もう暗くなる、また来たらいいだろう?」
『…う、…わかった。』
見るからに落ち込んだピチュー。名残惜しそうにちびたちの方を見て、だが気丈に強気な声で別れを告げていた。ちびたちの前ではやはり強い自分でありたいのだろうか。
その気持ちはわからなくもないけれども。
『おねーちゃんもまた来てねー!』
『来てねー!』
「おう、またな。」
『ばいばーい!』
寂しそうな顔をして短い手を精一杯振るちびたちに手を振り返す。精一杯振りすぎてバランスを崩して転けたちびもいたが大丈夫そうだ。直ぐに起き上がった。 うん、正に癒し、だな。
私たちが見えなくなるまで手を振っていただろうちびたちにまた会いたいなぁ、なんて。
「楽しかったか?」
『まぁな。』
「そんなわかりやすく拗ねるな、ほら抱っこしてやるから。」
また走り出されたら敵わないし。と思って腕を広げてみるとだ。みるみると顔を不細工に歪ませたピチュー。そして何が気にくわないのか 私の足をこつんと蹴った。大して痛くはない。
『馬鹿か!お前、この俺にそんな子ども扱いなんかしていいと思ってんのか馬鹿!』
「はぁ?お前なにをそんなに怒って…。」
しかも馬鹿って二回言ったぞコイツ。ぷんすかと効果音がつきそうな程、大股で歩き出したピチューを仕方なしに追う。まぁ、走り出さないのなら、問題ないか。
それからは、無言。依然として大股で歩くピチューは疲れないのだろうか。別にピチューが大股で歩いても私との距離が大きく離れるわけではないので特に抗議はしないが。だけど、無言ばかりじゃ気まずい、というかなんというか。
「実光、」
『なんだよ!』
「実光って名前、気に入ったか?」
唐突に投げ掛けた質問、一瞬ピチューがこちらを向いて目を丸くしたのを捉えた。それにくすりと笑うとまたぶすくれた顔をして前を向いてしまったがその質問にはしっかりと答えてくれた。
『ったりまえだろ!』
「…そっか。」
他愛ないやり取り、与えた名前。受け取って貰えた実光という名。こんな些細なことがどうしようもなく儚くて小さな幸せになるなんて最初は思ってもみなかった。
なぁ、実光。名付けには意味がなくちゃいけないよな。何も私だって直感でつけたわけじゃない。言わないけど、言えないけどちゃんとそれには私なりの想いを込めたんだぞ。
きっと、お前が知ることはないだろうけど。
現実を教えてくれる光
(私に現実を突きつけた、あの光)
(それを一番に見せてくれたのはお前だったんだ)
*← #→
back