現実と言ノ刃
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真琴と話をしているのは辛くはなく、寧ろもっと話していたいとさえ思えた。それはきっと真琴の口数が多くなく、余計な言葉を語らないからだろう。それが今の私には丁度よかった。
だからかも知れない、ぽつりとこんなことをぼやいたのは。
「…私は、母や父がいなくて祖父母に育てられてきた。」
『……。』
「私は道場の孫娘でな、毎日練習したり走ったりととにかく体を鍛えていた。それが私にとっての日常だったし、それを疑問にも思わなかった。」
「誰かに強制されたわけではない、私自身が好きでやっていたことだったんだ。だって、道場の孫娘だから、師範の祖父が誇れるような孫でいたいと、常々そう思っていた。」
思い出すとよみがえってくるのは、そう祖父に褒められて喜んでる私だとかお餅をつまらせかけて大変なことになってる祖父だとか、色々。そんなたわいない思い出が私にとってはとても大切な思い出。
こんな話を無言で、ちゃんと私の方を向いて聞いてくれる真琴はどう思っているのだろうか。
「だけど祖父も祖母も忙しい人たちだったから、わがままなんて言いたくなかった。無理をさせたくなかった。甘えたい年ごろだったけど私はそれを掻き消すようにずっと練習をしたりしていた。」
「寂しい、遊びたい、あそこに行こう、そういうことはほとんど言えなかった。育ててくれてるのに、不自由ない生活を送っているのにそんなこと言えなかった。」
「そんな時、…私がまだ七つか…それぐらいの時かな…煌希と出会ってな…出会いなんてそりゃあ最悪だった。あ、陽佐との出会いは最高だったけどな。」
思えばあの二人との出会いは極端だったな。きっと今では笑い話になることだろうが。いやまず覚えているのか。
あの時あの二人と出会わなかったら私は今どうしていただろう。それぐらいあの二人は私にとってとても色濃い二人で、かけがえの無い幼馴染みなんだ。
切なくなって、少しは鼻がツンとしたけどまだ話は終わっていない。
「それから私はあの二人とずっと一緒にいてな、…楽しかった。兄のような煌希と妹のような陽佐。一人っ子だった私に一気に家族が増えたみたいになった。」
一気に私の世界に色が広がった。嬉しいことも悲しいことも全部全部深味を増していった。
「だから、ここに来て煌希と再会してお前たちを見て…何だか煌希をとられたような気持ちになったんだ。」
「煌希を取り巻く人間が私と陽佐じゃないだけでこんなにも気持ちが荒れるのは、きっと…。」
あの時感じたこと、不機嫌そうな煌希の顔、仲間、世界、それらを全て引っくるめて出てきた答えは。
「…煌希がお前たちのことを信頼していて、ちゃんと主としての責任も持っているからと、そう思うよ。」
「だってお前、ちゃんと鍛えられたような雰囲気を出しているんだ、アイツが強くなることについての妥協をするはずがない。」
きっと、煌希に手厳しくされたのだろう。私が煌希にそうしたように。
そう言うと真琴は少し表情を和らげてくれた。この空気は穏やかで心地よく、気まずさなんてこれっぽっちも感じない。煌希が真琴なら大丈夫といった理由がよくわかった気がする。
『…マスターは…とても素行が荒く口調も悪いし血の気が盛んだ。』
「……ん?」
『お陰で返り血をつけて帰って来ることも多々あるしその度に我は頭を悩ませる。』
「…おう。」
アイツ…何をしているんだ一体。返り血って。おい真琴の顔が凄く疲れきった顔になってるぞどれだけ苦労をかけているんだ。喧嘩は相変わらずなのか。
『だけど、マスターはとてもお人好しだ。我も存分に迷惑をかけたと思うがそれでもマスターは我を捨てなかった。捨てるどころか寧ろこっちに向かって踏みいって来た。』
「…。」
『マスターは我にとって恩人で主人で守るべき存在でそれは絶対的だ。裏切ることは無い。』
何だ、煌希いい仲間に恵まれてるじゃないか。ここまで忠誠心があるやつもいるものなのか。私が煌希に持っている感情は色々で、そこに忠誠心だなんて大層なものはないのだけれども。
『他がどう思ってるかは知らないが、我も他の仲間も、好きでも無い主人に付き従う程では無い。だから我も、マスターといち早く出会って付き合いも長い幼馴染みが羨ましい。』
「真琴…。」
『だから、まぁ…お互い様というやつだ。』
ほんの少しだけ微笑んだ真琴にこちらも少し頬が緩む。真琴なりに励まそうとしてくれたのがありがたい。そうか、お互い様か。
私の知らない空白の時間と、真琴の知らない空白の時間。どちらも埋めることはできないけれど今の煌希が全てなのだろう。
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