現実と言ノ刃
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連れてこられたのは草木が生い茂る小さな広場のような場所。適当な場所に座らされた私はどうにも落ち着かない。いくら煌希が問題ないと言っていてもやはり不安は残るというもので。ここまでの会話も一切無かったわけだし。まず私の手を引っ張っていたものだから顔色さえ伺えなかった。
人一人分離れたところに座る緑のポケモンは一体私に何を話そうとしているのか。
『…すまなかった。』
「は?」
『急に連れ出したこと、あと雷軌があんな物言いをしたこと。』
「あ、いや…別に…。」
随分と落ち着いた声音と態度に肩の力が少し抜ける。お前が謝ることではないと、そう思うのに言葉が出てこない自分が嫌になる。気まずい、非常に気まずい。
『我は、エルレイドという種族でマスターから与えられた名は真琴という。』
「真琴…。」
『好きに呼んでくれて構わない。』
好きなようにと言われても名前と種族? がわかった以上はいつまでも緑のポケモンだの呼ぶわけにもいかない。淡々と話してはくれたもののマスターから、煌希から与えられた名前なら私は、
「煌希が、お前に名前を付けたのだろう?」
『…あぁ。』
「他のやつにも?」
『そうだな、あの場にいた者全てマスターが名付けた。』
「なら私は真琴と呼ぼう。」
あの煌希が名付けをしたのなら私はそう、煌希が名付けた名前で呼ぼう。それが償いだとかそういうのじゃなくて、ただそう呼びたいと思っただけなんだ。きっと煌希も頭を捻って捻って、凄く悩んで付けたはずだから。
そう言うと、真琴は目をパチパチさせた後にそうか、と一言呟いた。
『…マスターから、幼馴染みのこと、マスターの妹のことはよく聞いている。』
「陽佐のこともか。」
『幼馴染みと妹の話をするマスターの顔はいつもと変わらなかったがその雰囲気はとても柔らかかった。』
「……。」
『…だから、何も幼馴染みのことや妹のことを忘れたわけじゃない、とても大事に想われていると我は思っている。』
「…気づいて、いたのか?」
私が、壁を感じたことに。あの場に私は混ざれないと、大きな隔たりを感じていたことに。煌希がどこか遠い人に思えた、そんな孤立感にコイツは、気づいて。
すると、真琴の淡緑の角みたいなものがポゥと淡く光出した。優しく、綺麗に。
『…我の種族は、感情に敏感で、それを察知する能力に長けている。読心術、というわけではないが。』
「…なるほど、な。」
ポケモンとは私の知っている常識とはかけ離れていて未知の世界だ。予備知識も何もない私にはただ驚くばかりのこと。
その光は消え、私もこの雰囲気に大分と慣れてきた時、真琴がいきなり切り出した。
『…実は、我を含めた仲間は全員、マスターが別世界からきたことを知っている。』
「っ!」
『つまり、幼馴染みがマスターと同じ世界にいたことも。』
「煌希は…話したのか。」
アイツはそれをどんな思いで、どんな状況で話したのだろう。仲間を信頼したから? それとも否応なく話さなければならない状況になってしまったから? きっと前者の可能性が高いのだろうけど、アイツはアイツなりに秘密になるであろうことを打ち明けていたことに驚いた。私に無い、その勇気が羨ましかった。だって、下手をしたら信頼を失うかもしれないというのに。
だけど煌希もそのリスクの大きさと損失を実感させられたらしく。
『その時、一番受け入れられず、マスターと大喧嘩をしたのが雷軌だ。』
「…相棒、なのに?」
『そうだ。 だからきっと擬人化を受け入れられなかった幼馴染みをその時の自分に重ねて苛立ったのだと思う。』
「八つ当たりみたいなものか。」
『そのようなものだ。』
なるほど、あの態度の急変はそれからか。なんともはた迷惑な。いや私がこんなことを言える立場では無いのは重々承知なんだが。
ポケモンも随分と人間臭いんだな、と他人事のように一人言のように心の中で反響していった。
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