現実と言ノ刃
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渋ったような顔をしていた煌希も私の方をチラリと見てからようやく口を開いた。
「…この世界では、ゲームとは違ってポケモンが擬人化する。」
「………は?」
擬人化、だと? 擬人化って、なんだ。
カンカンとどこかで遠鳴りがするように、危険信号が流れ出したような気がした。
「ポケモンはその主人、トレーナーへの高い忠誠、愛情、信頼…ここじゃ総じてなつき度と呼ばれている。それがあるとポケモンは自分の意思で擬人化をすることができる。もちろんなつき度があっても擬人化をしないやつもいるけどな。」
「…ポケモンが、人になるのか?」
「そういうことだ。その仕組みはオレもよくわかってねぇし。擬人化のための条件も多いしな。」
「…そうか。」
「見た方が早いだろ、雷軌。」
「あーいよ。」
煌希の呼び掛けだけで察したらしいその男は不思議な光を放って、そしてその光は一瞬で、それが消えた時男は、男、は…。
『こうなるってわけだ、オッケー?』
「…。」
「静奈?」
『…ハハッ…わかりやすいなぁお嬢ちゃん?』
茶化すように、嘲るように男が、いやポケモンが私に向かって言葉、を。駄目だ、嫌だ。認めたくない。だってこんな、ポケモンが人に? あんな簡単に? そんなことが、あっていいのか?
ドクンドクンと心臓の音がいやに大きく聞こえる。上手く声が出せない、呼吸音だけが響くようだ。一歩、後ずさる。大きな大きなポケモンたちの目が全て私を見ているような気さえする。怖い、怖い、こんなの私は知らない。受け入れ方なんて知らない。知らない、知らない…!
そんな私の気を知ってか知らずかポケモンは言葉を私に向けて、嫌だ、やめろやめ、
『…気持ち悪い、ってか?』
「ちが、」
『見てみろよ自分の顔、ひっでぇ顔してんぜ?』
「あ、っ」
じわりと涙が滲んだ時、冷水のような声。
『…雷軌、そこまでにしておけ。』
『そうですよ、貴方らしくもない。』
『……あーやだやだ、視野狭すぎだってのどいつもこいつもよー。』
『雷軌、』
『はいはい黙っときますぅー。』
緑のポケモンと蛇のようなポケモンにたしなめられたポケモンは反省の色を全く見せずに煌希の元へと戻っていった。その煌希はなんとも言えない顔をしていたのだけれども。そして煌希はあの赤い球体を出してあのポケモンを中に入れてしまった。
未だに鳴り止まない心臓と冷や汗。気を抜いたら涙が溢れてしまいそうだった。止まらない震えは寒さからじゃなく、言われた通り言い様の無いおぞましさから。
「静奈、おい…」
「ご、め…なさ…。」
「…あー…おーちーつーけー。」
私の頭にポンと温かい手が置かれた。そこから馴染むように温かさが広がった。 また、涙が溢れそうになる。
結局、私はなにも変わらないのかな。やだなぁ、煌希がいるのに、煌希のいる世界なのに。新しい仲間といる煌希を見て壁を感じてしまうだなんて。私と煌希との間にあるものは溝なんかじゃないというのに。相棒の立ち位置に嫉妬してしまう。だって私の隣にはいつだっていてくれて、それで、それから…。
「…お前もかわんねぇよなぁ…。」
『マスター、』
「真琴(マコト)?」
『その幼馴染みと話をしてもいいか。』
「………頼んだ。」
「…え?」
「静奈、コイツなら大丈夫だ。」
トンっと肩を押されて緑のポケモンのところに押し出された私は何がなんだかわからないままその緑のポケモンに手を引かれて煌希たちから離れた場所へと連れていかれた。煌希が大丈夫というのなら大丈夫だと、そう思いたいものだが…。
気づいたのは、その緑のポケモンの手がちゃんと体温を纏っていたこと。空気の冷たさで冷えてはいたものの、ほんの少しだけ滲む温かさがあったことに私は少し切なくなったんだ。ごめん、と心の中で呟いても何も変わらないのだけれど。
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