現実と言ノ刃
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それからも他愛ない会話を楽しんで、お互いそれを心地好いと感じていた。自分を最大限に出せる相手というのは、やはり心の支えにもなるというもので。

だからこそ、私は煌希に一つの相談を提示してみたのだ。



「なぁ、煌希…一つ、相談に乗ってくれないか?」

「相談…?」



こっちの世界に来てからずっと受け入れられなかったこと。誰にも吐き出せないと思っていたこと。私と再会したのが運の尽きだとでも思っておいてくれ、相談というか、今から話すことはただの愚痴に近いことなのだから。

話す前に一つ深呼吸。煌希の目を見据えて、いつの間にか渇ききった喉から震える声を絞り出す。



「私は、さ…この世界に連れてこられた。 だけどな、どうにも駄目なんだ。 自分を納得させようとしても、この世界を現実だと、そう思えない…!」



だって、受け入れたら何かが変わりそうで。ただ前に進みたくないだけなのかもしれないけれど。それでも認めようとすればそれを拒む私もいる。

こんな、突飛な事に巻き込まれたことを、まだ夢だと思いたいという甘えた思考。

少しの沈黙の後に、煌希のため息が聞こえた。



「…お前には酷だろうがな、認めろ。」

「っ…。」

「襲われたんだろ?ガーメイルに。よりにもよってお前の苦手な虫に。」

「それでそうやって怪我して。…認めなきゃな、お前、殺られてもおかしくねぇぞ?」

「次襲われたらどうする? 夢だの何だのと認めてねぇ世界でこれは夢だから大丈夫、なんてほざく気か?」



情け容赦の無い、辛辣な言葉が胸に突き刺さった。あくまでも淡々と、だけどどこか諭すように語りかける煌希。ここを認めろと、現実だと、訴えてくる。



「現実逃避すんのもいいけどな、本当の現実見て落胆するのも絶望すんのもお前なんだよ。」

「オレはこの世界にいるからこう言えるけどな、ポケモンだって生きてるんだからな。」



鋭い言の葉が、続々と煌希の口から紡がれる。私は煌希に何を言ってほしかったのかすら、その目的すらも忘れてしまうぐらいに、的確で、辛辣だった。
ごくりと唾を飲み込む音が嫌に大きく聞こえたのと同時に、現実逃避、という言葉が突き刺さる。

最後に煌希は真顔に近い表情から、そこだけ変わらない日本人特有の黒い目を揺らがせて、だけどしっかりと私と目を合わせて。



「何よりな、…オレの今生きている世界を認めろ。」



それがトドメだった。ゾクリと背筋が震えた。目頭が熱い。それは、自分の存在を夢にするなと、認めろと、そう訴えかけるような静かな叫びにも聞こえて。私だってここに来た直後に辛かったじゃないか、認められるのかどうかも定かじゃない事を初対面の、それも異形の生き物に諦めて、話して。

煌希はきっと私に否定をされたくなかったのか、と自惚れたことを考える。何だろう、私は煌希に気持ち悪くなるほどに甘やかしてほしかったのだろうか。そんな言葉を私は求める程に、追い込まれていたというのか。

嫌だ。そんな自分は惨めで、弱い。

私は、滲んだ涙もそのままに俯いてしまった煌希の頭を思わず自分の方に引き寄せた。



「…悪かった。だけど、認められなかったのは本当で、お前の言葉を聞いた今も少し揺らいでいるのが本音だ。」

「でも、煌希のいるこの世界を否定したいとは思わなくなった、というのも本音だ。」

「だから今すぐとはいかないけど、ゆっくりと受け入れることにするよ。」



そう言って煌希を離すと、その顔は少し赤く染まりつつも、いつもみたいな仏頂面に戻っていた。これでこそ煌希。

あの辛辣な言葉の数々にはそりゃ傷ついたけど、だけど私の中の価値観を確かに変えた。改めて思う。やはりコイツの影響力は侮れないな、と。土足で私の心に踏み込むことは多々あれど、それを両手広げて受け入れる私もいるのだから不思議な話だ。

そしてそんな思考を一時中断させたのは、先程の私と同じように、私の頭を引き寄せた煌希だった。



「…よくガーメイルに、苦手な虫に襲われて、全く知らねぇ世界に連れてこられて生き延びたな。……いつまでも我慢してんじゃねぇ、いつもの泣き虫はどこにいった?」

「…っ!」



そのひねくった言葉が、私の頭を不器用にも優しく撫でる手つきが、酷く懐かしくて私の中の糸が一気に切れたんだ。遠回しに、泣いてもいいんだと言われた気がして。

泣き虫じゃない、涙脆いんだ。という反論さえも言えなくて、まだまだ弱い私は煌希にしがみついて声を殺して泣いた。止めどなく溢れる涙に、無意識の内にそこまで傷ついて追い込まれていたのかと自覚することになったんだ。



「…お前は一人で背負い込みすぎなんだよ。」



もっと周りを頼れ、そんな言葉を最後に煌希は私が泣き止むまでずっと優しく撫で続けてくれた。

まだ言えてないこともあるのに。私は数ヶ月後には元の世界に帰されるというのに。ずっと望んでいた再会は、皮肉にも辛い別れを意味していて。


だってな、またこの温もりから離れたくなくなるんだよ。手違いの私はこの世界に永住なんて許されるわけもないというのに。

それでも今だけはこの暖かい温もりを手放したくないから、力強く、離れないように思いっきりしがみついてやった。





(私に帰りたくないと思わせるのには充分すぎた。)

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