ざあざあといっぱいの雨が降る。今日は洗濯物もお休みだ。元々そんなにないけど。また今日もブラッキーに起こされて朝ごはん。おいしい。
でもブラッキーは難しい顔をしている。おいしくないのかな。もさもさとフードを食べてるから、食欲はあるのかな?
「ねぇブラッキー、今日は何を話そう」
『……じゃあ、お前のこと』
「あたしのこと?」
『そう、お前の孤児院での生活』
じぃ、と赤い目があたしを見る。探るように、あたしじゃないあたしの奥を見据えるように。それは少し、気持ち悪い。
かちり、こちりと時計の音がやけに大きく聞こえる。 時間が長く感じた。 ゆっくり、一瞬が、コマ送りのように。ブラッキーも、全部が全部背景に見えた。
それでも、ちゃんと見なきゃいけない気がした。なんでかは、わからないけど。うまく言葉は生まれてくれないけど。
「あたし、は……忘れた、よ」
『……そこにいた人のことも?』
「……ううん、いたよ。院長さんと、……あと、二人」
『二人?』
そういや、いた、気がする。院長さんと、あたしの傍、に。二人、二人。誰、だっけ? 男の子と、女の子、だったね。いつも、いた。隣で、傍で、いつからだったか、傍に。
「……男の子、と女の子、いつも、いた、二人……」
『……』
「傍、いつも、いた……さ、ち、とれい、……支智と、怜……」
『支智と、怜?』
ブラッキーがあたしの言った言葉を繰り返す。でも、よく聞こえなかった。少し、思い出した。傍、にいたの。二人とも。あたしの、あたしの傍に。あたしが真ん中で、二人がいつも両隣。
あぁ、なのにどうしてあたしは離れたんだっけ? ざわざわと、なにか思い出しちゃいけないような。だって、いつの間にかあたしは一人ぼっちで。どうして、と院長さんに言葉を投げて。違う、あたしが離れたんじゃなかった。あたしじゃなくて、二人が、二人から、離れた。
そこまで記憶を遡って、チカチカと目の前が光を帯びる。だめ、これ以上、だめ、と危険信号。
『……、夢依?』
「…………やっぱり、忘れちゃった」
『おい、』
椅子から下りてしゃがむとブラッキーが近くなる。近くなったブラッキーをぎゅう、と抱き締めるとじんわりと温かい。
「……ブラッキー、ブラッキーは温かいね。……温かいのが無くなると、寒いよ。 寒いのは、やだよ」
『……そうか』
「うん、でもねブラッキーがいてくれたらずぅっと温かくて体がぽかぽかしてくるの」
『それは……寂しくない、ってことか?』
寂しくない、ってなに。寂しい、あたしは今まで寂しかったのかな。わかんない、でもブラッキーがいてくれるならそれでいい。
暖かい水の中に潜ってるような、心地よい感覚。流れる空気もみんな味方をしてくれているようだった。
「……わかんないけど、……でもあたしは一人で暮らすより、ブラッキーと一緒に暮らしたいなって、思う」
そしてブラッキーと目を合わせると、どこか深い海のように、暗い、だけどそこに一筋の光が射し込んだような目をしていた。でもそれも一瞬で、ふらっと光は消えてしまったけれども。
するとブラッキーはあたしに擦りよってきて、腕の中に収まってくれた。
『……お前は、ずっと子どもなんだな』
「え?」
小さく、弱く呟かれた言葉を最後にブラッキーは何も言わなくなった。ただ、あたしに何度も何度も頭を押し付けてしばらく離れなかった。
その後、冷たくなった朝ご飯を食べたけれど、ほんの少し違う味が広がって味気なくなった。おかしいな、あんなに味のあったご飯だったのに。
頭を占めるのは、ぐるぐるとブラッキーの言葉ばかりだった。
破れない檻
(寂しいって、なんだろう)