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ほの暗い照明に照らされた個室。窓から入ってくる光も弱く、家具も最低限しかない殺風景な空間に一人の女とポケモンがいた。一匹は人形のようにぴくりとも動かずに壁際に立ち、一人は微笑みを浮かべて椅子に腰かけている。
ぴん、と張りつめた空気がどことなく漂う。少しの息苦しさ、酸素が吸い取られていくような空間。会話はなく、淡々と時間が過ぎていく。陽の光も今は厚い雲に隠されてしまっていて、まるでこの空間を表しているようだ。

表面張力のような空気、それを溢れさせたのは一人の出現だった。


「……随分と辛気臭い空気だな」

「おかえりなさいませ、幻利(ゲンリ)様」


かちゃりとドアが開くと現れたのは一人の青年だった。幻利と呼ばれた青年は、立ち上がり恭しく頭を下げた女に軽く返事をするとソファーに腰かける。女は微笑みを崩さずに幻利に問いかけた。


「幻利様、これからどうなさるおつもりで?」

「……俺が直接行くわけにもいかないからな。ただ、あっちの方には話をつけてきた」


ため息交じりに簡易的な報告を済ませた幻利は、一瞬考える素振りを見せた後にちらりと女を見る。女はそれを悟ったように優しげな微笑みのまま、ゆっくりと幻利に歩み寄り、頭を下げる。


「私が、見て参ります」

「……悪いな」

「いいえ、久しぶりにあの方と話したいという私の我儘もありますから」


ですから、お気になさらず。そう言い頭を上げた女は、花開くような慈愛の笑みを見せ眉を下げた。幻利は薄く口角を上げると、立ち上がって女の頭を撫でる。


「……任せた」

「はい、お任せを」


撫でられ、少し照れたように笑った女だったが、その言葉を受けると、途端に凛とした表情に切り替わり、スッと目を細めた。そしてくるりと後ろに足を向けると、先ほどから人形のように動かなかった一匹のポケモンの方向へ歩を進める。


「貴方は、ここで待っていられますか?」

『……いつまでも子ども扱いをしてくれるな』

「あら、私から見ればまだ子どもですが」


くすくすと笑った女、しかし雰囲気はそのままで一匹を見据える。その目は幻利に対するそれとは違い、どことなく柔らかい。しかし一匹は快く思わなかったのか目を鋭くさせる。
だが敵意を放ってはいない一匹は拗ねたようにも見える。ふい、とそっぽを向いた一匹は先ほどよりも素っ気ない声音で呟いた。


『……早く行かなくていいのか、姉』


誤魔化すようにそう言った一匹だったが、女は一匹の発言に眉を潜めて冷え冷えとした目を向ける。


「……姉さん、もしくはお姉さまと呼びなさいと言いましたよね。私何度も同じことを言うのは好きではありませんよ、キルリア」

『我はそのような呼び方は好かんと何度も言っている』


一匹、キルリアは女の不満そうな声に赤い目をゆるりと向けて対抗する。対する女も譲るつもりはないのか、お互いの間に火花が飛び交う。
話がすっかり脱線してしまったのを見かねたのか、幻利がまたかと言いたげに火花の間に割って入った。


「おい、その話はまた帰ってきてからだ」

「……申し訳ありません幻利様。私、行って参ります」

「あぁ、いい報告を待っている」

「もちろん、この真音(マオ)にお任せを」


幻利が割って入ると冷え冷えとした雰囲気を直ぐ様消し、淑やかな動きで頭を下げた女、真音はトン、と一歩前に足を出した瞬間にこの空間から言葉通り姿を消した。そこにはもう真音がいた痕跡は跡形もなく、残ったのはキルリアと幻利のみ。

キルリアは小さくため息を吐いて気まずそうに幻利の方に視線を向けた。視線に気づいた幻利はフッと全てを悟っているように笑い、キルリアから視線を外す。


「……お前もいずれ会うことになるさ」

『姉は、一体誰のところへ』

「……かわいそうな子どもと、馬鹿な親に会いに行った」

『説明になっていない』

「その内、わかる」


それ以上は語らないと沈黙を選んだ幻利に諦めたのか、キルリアもまたそれ以上言及することはなかった。しん、と空気の音さえも聞こえてきそうな空間、幻利とキルリアは一言も言葉を出すことはなく、それぞれ別々のことに思考を巡らせていた。




(可愛そうな、子どもさ)


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