太陽と月
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旅の目的も決まり、今は晴れやかな空の下で町を観光している。ハナダシティは水タイプのジムリーダーが町を取り仕切っているためか、町の雰囲気も随分と涼しく思える。そこかしこでコダックやクラブを見かける。内心アヒルとカニと思ったことは秘密だ。

ぐるりと町を見回り、橋の近くにあるベンチで一休みしている時だ。ふと、ピチューの入っているボールがガタガタと揺れた。


「あれ、どうしたの?」


なんだなんだとピチューを出すと少し眠たそうなピチューがじとりと見上げる。


『暇』

「……いやまぁそんなこと言わずにさ?」

『ジム戦は』

「もうちょっと待とうよ……」


どうやら観光がお気に召さなかったらしい。確かにずっとボールの中にいたし、あんまり観光にも乗り気じゃなかったしでつまらないのだろう。でもうちは見るもの全部が新鮮だしで結構楽しいんだけどな。
きらきらとお日様の光を浴びても、ピチューはむっすりと唇を尖らせていて不満そうだ。こんなにいい天気なのにそんな顔してちゃもったいないよ。

うーんと辺りを見渡すと、橋のところに何人かトレーナーが集まっているのが見えた。あ、そういえばあの橋って確か。
記憶が確かならあそこはジム戦とまではいかないけど、中々いいスポットだったはず。いや、あのイベント通りとは限らないんだけどね。でもピチューも満足してくれるはずだ。
そうと思いたったら行動だ。立ち上がってピチューを誘う。


「ピチュー、じゃあ橋にいる人たちにバトルを挑もうか」

『……まぁ、それでいいけど』


しぶしぶといった感じで乗ってきてくれたピチューはうちの肩に乗った。アブソルの入ったボールは興味なさげに何も動かなかった。でも、知らないほうがいいよね。あの橋にいる人たちのことは。
橋に足を踏み入れると、そこにいた人たちが一斉にうちを見る。男女合わせて5人。誰か向かってくるかな、と思ったらそこにいた人たちは全員眉を潜めて怪訝そうな目だ。あれ、タイミング悪かったかな? と思ったけどよく見るとみんなうちの頭のほうに視線が向いている。あっ、髪の毛の色か。ふ、不良じゃないんだよ。違うんだ。


「あ、あの……」


誰も声をかけてこないのが不安になって恐る恐る声をかけてみると、我に返ったように肩を揺らした一人のお兄さんが口を開く。


「あっ、あぁすまないね。どこかで見たことのある顔だったけど……勘違いだったみたいだ、ごめんね」


眉を下げて困ったように笑ったお兄さん。でもまだ訝しんでいるようにも見える。優しそうな顔の裏に、探るような目が少し気持ち悪い。背中がぞわりと冷えていく。


「えっと……バトル、したくて」

「そうかいそうかい、ならお兄さんたちが相手してあげよう」


にこりと笑ったお兄さんはじゃあやろうか、とボールを構えた。こっちもボール、じゃなくてピチューが肩から降りて準備はできた。お兄さんがボールを軽く投げると、そこから出てきたのはドガース。初めて見るなぁ。ふよふよと浮いているドガースの体からはガスが漏れていて、毒タイプであることをありありと見せつけていた。

ちらりと横目で辺りを確認すると、いつの間にか残りの人たちは遠巻きに離れていて、じっとこっちを見ている。


「じゃあ、始めようか」


そして、その言葉と同時にバトルはスタートした。頭の中にゲームでのバトルBGMが流れてくる。初めてゲームをした時を思い出した。ドキドキと胸が高鳴る高揚感。でも、今はあの日の比じゃない。もっと、もっと違う何かだ。熱いものが、こみ上げてくる。それに流されるように指示をとばした。


「ピチュー、電光石火!」


ピチューがトンっと一回ステップを踏んでから勢いよくドガースに向かっていく。一直線に向かっていくピチューの後からは空気の軌道だって見える。だけど向こうもそう簡単に食らうわけもなく、ドガースは寸でのところでかわした。あっと声を出す前にピチューは空中でばたつく。


『げっ……』

「よしドガース、着地点を狙って体当たり」

「!ピ、ピチュー!頑張ってよけてー!」

『んな無茶、―――っ!』


落ちながら一瞬こっちに視線を向けたピチュー、だったけど空中で態勢を立て直している間に一気に距離を詰めてきたドガースの体当たりが直撃。鈍い音がして、軽いピチューはそのまま吹っ飛んで、橋の手すりに叩きつけられた。


「えっあ、ピチュー!」

『ってぇ……』

「ドガース、そのままヘドロ爆弾!」

「っ……ピチュー、電光石火で避けてドガースにつっこんで!」


考え込む暇なんてない。ピチューを動かさなきゃ。はっと肺に詰まっていた空気を抜いて、頭真っ白にして、難しいことなんて考えなくていい。このフィールドはピチューしか戦えないから。
ピチューはぎりぎりのところで電光石火で避けてくれて、そのまま橋の手すりを駆けていく。さっきよりも、速くて。もう少しでピチューが跳ぶ瞬間、叫ぶ。


「思いっきり踏み込んで10万ボルト!」

『!』


叫んで、ピチューの体に力が入る。指示通り思いっきり手すりから踏み込んだピチューは小さな弾丸のようにドガースの体に向かった。そしてそのまま頭突きをするようにドガースにぶち当たったピチューは離れないようにドガースにしがみついて電撃を浴びせた。

ドンっと爆発音にも似た音の後、煙が辺りを覆い、視界が塞がれる。思わず目を伏せ、状況がわからない中、空気を弾く音が聞こえた。ゆっくりと目を開けると、やっぱり煙は晴れていなかったけれど、ぼとりと何かが落ちるのがうっすらと見え、一歩近づく。


「ピチュー……?」

『けほっ……っあー、おい!』


煙の中から、ピチューがよたよたと歩いてきた。ということは。


『勝ったぞ、褒めろ』


ふん、とドヤ顔のピチューはちょっと煙で黒ずんでいたけれどまだぴんぴんしているようで安心した。頑張ったね、と撫でると嬉しそうに口元が緩んでいた。


「やー……びっくりしたよ、強いんだね」

「あ、ありがとうございます」

「どうかな、他の人ともしない?」

『俺、やる!』

「……じゃあ、お願いします」


また意気揚々とピチューが前に立つ。そして、相手もボールを出す。よし、頑張ろう。

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