太陽と月
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桜ももう葉桜になってきた頃、暖かい陽射しが体を包み込む。
眠たい目を擦りながら半分諦めにも似た気持ちでポストを開ける。キィ、と音を立てて開けたそこは毎回見慣れた光景。つまり空だ。
「あーあ…今日も入ってない」
大きなため息をつきたくなるのを我慢して、ポストを閉じる。期待していたものはここ数年全く届く気配を見せていない。それでも毎日毎日ポストを開ける自分に対して空しさすら覚えた。
肩を落として家に戻るとすでに朝ご飯は用意されていた。椅子に座っていただきますと手を合わせる。そりゃあ至福の一時というか。朝ご飯って大事だよね。美味しい。この時だけはポストのことも忘れられる、というか食べる方に夢中になる。
食べながら窓の外を眺めると今日の天気は晴れで、しかも出かけるのには丁度いい気温だ。そして学校は休みです。これは朝ご飯を食べたらどこかに出掛けようときっとお天道様が誘っているのだろう。
「ごちそうさまー」
簡単に食器を片付けて、早々と身支度をする。よし、こんないい天気なんだから出掛けよう。そうしよう。
いってきますと声をかけてから玄関を開ける。ぽかぽかと暖かい空気はこの季節独特のものだった。
ちらりとポストを見てから少しだけ、この暖かい空気がうっとうしく思えた。だって、あんなに手紙とか送ってきたのに。あんなこと信じないんだからね。
思い返して重々しくなった気持ちが思わず外に出て、つい言葉になって出てきてしまった。
「…どうしてるのかな、みんな…煌兄…」
それは誰にも聞かれなかったからなのか、出した声は震えていた。
ついに溢れたため息。しんみりした気持ちになったのを振り払うように頭の中に出てきたのは近くにある神社だった。小さい時にみんなで、幼馴染みたちと遊んでいたあの神社のようなところとは違って大きいけど、それでも昔っから神社に行くと落ち着ける。
へこんでちゃ楽しくないよね、と奮い立たせて神社に向かうために地面を蹴った。神社はすぐ近くにある。
そうだなぁ、きっとあの神社に行くのは一年ぶりぐらいかな。
「…変わってないなぁ」
神社は本当に近くにあって、ゆっくりと足を踏み入れる。息を大きく吸い込めば神社独特の綺麗な空気が肺を満たしてくれた。この空気が好きなのは今も昔も変わっていない。
いつだったっけ、初めて連れてきてもらった時はいっぱいはしゃいでいた記憶がある。鳥居をくぐって行けばお気に入りの場所があるんだ。少し竹やぶを掻き分けてちょっとだけ人気の無いところに進む。そして小さな穴を四つん這いになって進めばほら、ついた!
「わーい、久々!」
膝についた汚れも気にせずに立ち上がる。広がるのは小さなほこらがある場所。はじめの頃はよくここに来てたんだっけ。
なんていうか、同じ神社の敷地内なんだけどまた違って空気っていうか、もっと清んでるって感じ。
特になにをするってわけでもないけれど、ここに来ると自然と気分が高鳴る。
「あー…暖かい。」
一身に光を浴びるのは嫌いじゃない。暑いのは嫌だけど。何だか、別世界に来たみたいだ。
ふと目に入ったのは太陽の光を受けてほわっと淡く輝いてるように見えるほこら。それに近づいてそっと撫でてみる。木の感触がざらついていてあぁ自然っていいなぁって思った。
風の音とか、汚れてない空気とかに混ざって、ここに来ると何か圧力がかかったような気持ちにはなるけれど、それでもここは安心できる場所だ。
そう、目を閉じてその場の空気に浸ろうとした瞬間、チリッと火花が目の奥で光った。
「い、った…!」
鋭い痛みが走って目を開けると次は頭にガンガンと打ち響くような痛み。訳がわからなくなって、痛くて、その場に膝をついた。段々と息は浅くなって頭を押さえて堪えるように歯を食い縛る。
目の前がチカチカと光って、誰か、なにか映像が見えたような、そんな錯覚まで、やだ、いたいよ、
「…けて……た…すけて…っ」
弱々しくも呟いた言葉は最後にいつ発したのかもわからないそれで、驚く間もなくそのままゆっくりと意識は沈んでいった。
真っ暗になる視界の直前、思い出したのは真っ白な名前も知らない誰かだった。
暖かい白は記憶の底
(おかえりと声がした)
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